浜の小屋

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2017年 11月 11日

村への入り口

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漁村へ入るには二つの道がある。
駅から続く海沿いの道。
もう一つは海辺の短いトンネルを抜けてくる道。
どちらも村へと続く。

さみしい村にあえて移り住みたいと思う人が居れば、
昔から村で暮らしている人も居る。
便利でもないが不便でもない地道な漁村の暮らし。
それでも暮らしにきびしさはある。
住んでみれば分かること。
ここはどこ?
美しい日本の田舎。

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田舎で暮らすには家が要る。
田舎暮らしは現実で、あこがれや物語ではない。
暑さ寒さも身にしみる。
それでも田舎に惹かれる人がいる。
時は空き家から廃屋へ。


移住とは居住。
草刈りもあれば祭りもある。
住めば村人。


# by hama-no-koya | 2017-11-11 05:47 | Comments(2)
2017年 10月 29日

自分好みの浪費

海の仕事が忙しかったので晩酌を済ませ直に寝ていた。
大漁だがソーダカツオや小サバが多い。
魚値は安く忙しいだけ。

雨が降り久々にのんびりする。
遊びに行くには街まで遠く時間がかかる田舎。
結局は家で気ままに過ごす。

オーディオマニアではないが真空管のアンプが家にある。
お手頃価格の扱いやすい入門機種。
一組はトライオードとスピカーはエラック。
音質にこだわらないが、いい雰囲気で部屋に音楽が流れる。
見た目は、ガラスの球が大きい味のある昔風。
得意も無いが、音楽を選ばず無難にこなす気さくな感性機。
素直に空間と音が楽しめる。


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もう一組はトライオードとKEF。
この組み合わせは偶然のベストカップルと思える。
楽器や人の声がそれに近い。
見た目や価格の割には何これのいい音がする。
いい買い物をしたと思える。
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これらは同じような価格や用途の組み合わせ。
高いか安いか、どちらもセットで約15万円。
音楽はいい環境で聴きたい。
音楽ソフトに入っている情報はできたら全て原音再生したい。
音楽の旋律や制作の想いまでも。

いずれの機種もメーカーの儲けが無いだろうと思える目玉商品。
コスパの高いお買い得品。
買い物には当たり外れがあるが自分には大当たり。

音のことはマニアでないから分からない。
なんで同じような買い物をしたか自分でも分からない。
人が見れば無駄遣いと思うだろう。
もしかして赤い糸。

感じたことは、国を越えた親切な物づくり。
越谷(埼玉)のアンプがヨーロッパのスピーカーと相性でつながる。
音楽や人の想いに時間はあっても距離はない。


見るからに機械らしい味のある機械物。
暮らしにもツールが必要。












# by hama-no-koya | 2017-10-29 15:26 | Comments(0)
2017年 10月 10日

豪華な列車(瑞風)

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我が家の裏手を走る豪華な臨時列車。
見なれると珍しくもない。
とは言っても、ついつい追いかけてしまう。
大人の子供心。

朝方に汽車の橋を下る豪華で長い臨時列車。
橋を通過後、車で列車を追いかける。
無理しなくても、10分も走れば列車に追いつく。
豪華な列車は、海辺の木与駅でしばらく止まっているから。

巨大な生き物が休んでいるようにも見える、機械らしい乗り物。
あまりにも長いのでホームから巨体がはみ出す。
重厚なのに妙にひょうきんな間抜け顔。
新幹線とは真逆の列車。

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山陰本線のこの区間は単線運転。
豪華な列車は下りホームで上りのタラコ列車と離合する。
離合とは、田舎言葉で列車の待ち合わせと行き違い。
普通列車が停車して、対向の上級列車を待つのが我が国の慣例。
木与駅では、老いぼれのキハ40系のタラコが豪華な列車を何分も待たせる。
譲り合う地元列車の優先区間。
それとも偶然で、単なる臨時列車のダイヤなのか。
人と海と小休止の無人駅。
先を急がない旅。
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昔の秋は遠足の季節。
豪華な列車でなくても何処かに行きたい。
今は旅人を見送る漁師。

ローカルな自己表現で写真の右端を意図半端に切ってみた。
その場表現と被写体の深読み。
考えると、風景写真と言うよりポスターになる。
他人のこころをつかむより、
自分のこころをつかむ暮らしの小作品。


たまには、普段がおもしろくなる日もある。
ここは山口県阿武町。









# by hama-no-koya | 2017-10-10 17:30 | Comments(0)
2017年 10月 03日

海村の夕暮れ

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十月になった。
海村の夕暮れは6時過ぎ。
秋の夕焼けカマを磨げ、明日は晴れる。
秋の夕暮れつるべ落とし、子供の頃は家族で稲刈りをした。

ここにきて急に日が短くなった。
何となく空が高い秋の夕暮れ。
夕焼けに染まらない秋桜のパステル。
陽の短さか、肌寒さを感じて咲くコスモスの花。
平穏な小春日和の夕が暮れる。

旅をすれば、方々にあるコスモスの群生。
九州の大刀洗には、ビール会社の隣りに大きなコスモス畑がある。
一面コスモス、誰がどんな思いで植えたのか。
やわらかく楽しい色の風景。



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近くにある汽車の橋。
山陰本線惣郷川橋りょうの秋の夕暮れ。
メンテナンスで橋の中程に工事用の足場が掛かる。
晴れた日にたそがれる橋桁。
海辺の哀愁。


日暮れは一日の終わり。
意味不明だが、365×68の答えが日暮れの数。
生まれた所で今も暮らす。





# by hama-no-koya | 2017-10-03 04:43 | Comments(0)
2017年 09月 28日

漁村の芝生

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漁村の広場に遊び心で芝を植えた。
雑草は短く刈り込み、一部分は植木風に刈り整形した。
発想は、恐れ多くもイギリスにある有名ゴルフ場のオールド・コースの真似ごと。
その昔は、3番ホールに漁師が海に行く道もあったらしい。
そこがどんなゴルフ場か知る余地もない漁師。
気ままな遊び心と秋の空。

この場所でゴルフを楽しむわけではない。
大げさに言えば、漁師のフィールド・オブ・ドリームスだろう。
目的は甘く、集落環境の美化でもない。
冬になれば緑は枯れる。
カップがないのでホール・アウトができないグリーン。
それとなく重なるくらし。

つまらない想いも、かたちになると暮らしに満足が生じる。
似非ではなく、カヴァー曲のようなもの。
元を踏まえながら、自分の想いをかたちにする地道な作業。
出来上がるまでは周りの理解がむずかしい。
曖昧だが成り行きが面白い。

そこらにある夢のかたち。
高知県の田舎、北川村にはなぜかジヴェルニーの庭がある。
想いも規模も本物でクロード・モネの世界。
そこには人の想いを、遠くの相手に伝える人がいた。
小春の光が田舎の村にさしこむ。


美しいニッポンのむら。
雑草が生えれば草と向かい合って暮らす漁村。
花はなくても美しい村。





# by hama-no-koya | 2017-09-28 05:07 | Comments(0)