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2010年 11月 29日

田舎で企画

田舎で暮らしても・・・暮らしの中に街がある。
果汁100%のような天然企画や田舎暮らしはむずかしい・・
誰か何かやらないと人や集落がいつかは消えてしまう・・・

街の情報や解からない知識は我が家に来る旅人のおきみやげ。
田舎暮らしの俺には知識や学歴やそれに経験もないから・・・。
俺にとって街の饅頭はとても美味しい・・。

俺にはニューディールのブレーン・トラスのような人が何人かいる。
田舎に暮らして、古くて大きなたとえ話しだが・・・。
田舎企画は壁やハードルはあたりまえ・・・
そんな時、自分とその生活環境知る誰かに聞いたり相談できるのがいい・・。
俺の頭の半分は、街に暮らす旅人が詰め込んだようなもの・・・。
ブレーンのカテゴリはさまざまだが、どこかに共通性を感じのが不思議だ。
自分一人ではなにもできない・・・それはあきらめではない。

難しいことや硬いことをわかりやすく話す人・・・・
そんな感じが、人の気持ちや地域をつかむような気がする。
晩秋の夜会でそう感じた。

by hama-no-koya | 2010-11-29 15:51 | Comments(0)
2010年 11月 28日

食べたい魚(4)

俺の暮らす漁村には石で積まれた波止場がある。
その岩場にカサゴは生息する。

カサゴは水深50cmから80mくらの海底岩場に広く分布する。
一つ岩場で暮らす魚で、その仲間を回遊魚に対して根魚と呼ぶ。
口が大きく頭が多きい・・・岩の色をした魚体で赤系魚や黒系魚がいる。

海底で、じっとしていて流れてくる餌や、動きの鈍いカニなどを食べる。
たまにしか餌にありつけないので、餌を見ると飛びつく。
カサゴさえ居れば、魚の切り身餌で簡単に誰にでも釣れる。

子供の頃、夕食のおかずに波止場でカサゴを釣っていた。
長い時間かければ、いくらでも釣れるが30分くらいで止めていた。
15cm前後のカサゴが数匹つれたから。

30cmくらいの大型魚は刺身が美味しい・・・。
高価なオコゼのような味で、氷で〆ると雲ひとつない夜明けの味がする。
マグロやブリは油が旨味だが・・・カサゴの洗いは純粋な食感が美味しい。

子供の頃は、ばあちゃんの煮付けが定番だった。
ぶつ切りカサゴの味噌汁とタクアンや漬け菜でご飯が何杯も食べれた。

この前、遊びでカサゴ釣りをしたが1匹しか釣れなかった・・・・。

by hama-no-koya | 2010-11-28 09:02 | Comments(0)
2010年 11月 26日

食べたい魚(3)

漁村で暮らす人に、冬の魚は・・・と聞けば
ブリと答える人が、ほとんどだと思う。
昔し、一網何千尾と獲れたことがあったから・・・・・。

夏場、北の海で成長したブリは冬場は産卵のため南下する。
10キロ前後の魚が多く、丸々太り魚体も味も美しい魚。

北陸では12月くらいから獲れはじめるが・・・・
俺の漁場は、南日本海なので少し遅れ1月頃から獲れはじめる。
5月の上旬まで水揚げされるが、12月の価格が天で5月が地になる。
この地方では、2月から3月下旬にかけてがいちばん獲れる。
寒ブリに対して、春は彼岸ブリと浜ではよばれる。

味は、丸々太っていれば4月ごろでも寒ブリと同じくらい美味しい。
刺身がいちばんだが、煮ても焼いてもなんでもいける。

俺のおすすめは、真冬ならこそできる食卓・・・・
刺身が幕開け、中はブリ・シャブ、終わりがブリ・カマ塩焼き・・・。
飲みものは、めいっぱい冷やしたコップに入れたシャブリ。
それを気取らずジャージ着で食べ・・そして飲む。
音楽は遠くから聞こえるピアノ演奏、できればマイケルの曲がいい。

今頃はブリの当年魚・30センチ前後の魚が多くとれる
同じブリでも魚屋人気は今一歩だが・・・
夕べ食べたが脂肪も少し増えて味も良かった。
それになによりリーズナブルである。

by hama-no-koya | 2010-11-26 15:46 | Comments(0)
2010年 11月 25日

食べたい魚 (2)

冬になると小型のクロマグロが小群れでやってくる。
しかし近年、その数が右肩に下がってきた。

10キロ前後がヨコワで20キロ前後はヒッサゲとよぶ。
ヨコワは、魚体に横輪のような模様がついていて・・・
ヒッサゲは、漁師が魚の尻尾を持って一匹さげて運ぶから。
30キロくらい以上がマグロ。
俺地方の漁師は昔からクロマグロをそうよぶ。

でっかいマグロは美味しいに決まっている。
でも高価で俺の口には入らない・・・
5キロ前後は、お手ごろ価格で一尾買いもしやすい。
どの魚も美味しいが、魚体のずんぐり丸いやつがおすすめ。
だから俺は、一冬に何尾かの小マグロを食べる。
部位は、腹身もいいが個人的は背身が好きだ。

クロマグロは魚の頂点だと思う
価格も魚の進化も人気もそれに味覚も・・・。

by hama-no-koya | 2010-11-25 15:47 | Comments(0)
2010年 11月 24日

これから食べたい魚ー(1)

寒くなると食べたい魚がある。
俺のベスト1はクエだ!!

クエは、30cmくらいの幼魚はたまにとれるが・・・・
大きくなると1m近く、30kgくらいになる。
このクラスになると年間に数匹しか捕れない。
まぼろしの魚で、想像できない市場価格でもある。
それに鍋でも、刺身でも超美味だから・・・。

だからクエは俺には食えないが、その仲間のハタはたまに食べる。
キジハタやマハタやキハタはまだまだ俺にも釣れるから。
その中でもマハタの幼魚は比較的釣りやすい。

味はクエとそんなに変わらないと思うが・・・・
食べると、まぼろしと比較的が・・・食べる味に食感で混ざる。
それに・・・どんなとき、何処で誰と食べるかも大切な味である。

俺は、たまに街の仲間と魚を食べるが・・・
その魚が、何処でどんな漁法で何時とれたまで説明できる。
それは自分でとった魚だから・・・

トレイ・サビィリティやフード・マイレージが問われる時代に・・・
俺の漁村ではそのことが、完璧と言うより無縁だ。

夕べ街仲間と我が家でハタを食べた。
美味しいと、言葉にもでたが・・・
それより顔や気持ちや動作まで美味しい表現だった。
漁師はそれがたまらなく嬉しい。

美味しいものは人々を幸せにする!!
映画・ビノシュの「ショコラ」を思い出す。

by hama-no-koya | 2010-11-24 05:38 | Comments(1)
2010年 11月 22日

漁師のなかま旅(松山編)

俺にとっての松山は映画の舞台・・。
「がんばっていきましょい」は、いつ観ても泣ける。
どこにでも、誰にでもありそうな物語だが・・・
飾らない、原石のかがやきのような演技にこころ打たれる。
どこかに置き忘れた大切な何かがそこにあるから・・・。

道後の夜は、力まないおもてなしを感じる宿だった。
フロント、お部屋係、宴席係り、みなさん良い感じ・・・。
満足度は、Bクラスの満点だ。
俺の身の丈にちょうど良いホテルだった。

近頃は、寝るだけが目的の格安ホテルも増えた。
九州・沖縄の売り上げランキングはリゾート系が上位を独占。
旅や宿のかたちも変わった。

ホテルの基本は、ホスピタルティだと何かの本で読んだ。
今回の温泉宿もそんな感じがした。
同じ宿にまた行きたいと思う。

by hama-no-koya | 2010-11-22 10:55 | Comments(1)
2010年 11月 21日

漁師のなかま旅(金比羅編)

俺たちの漁村では漁師仲間で・・・・
昔から四国の金比羅様にお参りに行く。

俺はこれまで3・4回くらいだが・・・
死んだ、おやじやおふくろ、じいちゃんを含めると
かなりの数が琴平に行ったことになる。
船が車にかわり時代が変わっても代々のリピートである。
それも宿は決まって道後温泉。
そこで足の疲れと、数年溜まった仕事疲れを湯で癒す。
誰が考えたか知らないが・・・・
旅企画としも地域おこしとしても永遠で総合大賞だ。

今回の旅は、初めて金比羅の奥社にお参りした。
多くは本宮で引き返すが・・それからまた700段近く登る。
途中にみやげもの屋がないので登ることだけ・・・・
我が家の裏山にも1478段の石段があるが・・・
道幅や整備の点では金比羅がメジャーだ。

今朝は足が少し痛む・・・

                次回予告「道後温泉」

by hama-no-koya | 2010-11-21 06:21 | Comments(0)
2010年 11月 18日

枯葉ー3

秋に葉が散るのは・・・
夏のあいだに光合成で養分を木は蓄え落葉し・・・
冬は落ち葉が腐敗し土壌をつくり、木は根から養分を吸収する。
その繰り返しで落葉樹は長い年月を生きる。

葉っぱは、二酸化炭素と赤と青の光を吸収して養分をつくる。
葉っぱの緑は、そこからきたと子供の頃に聞いた。

「オータム・イン・ニューヨーク」という映画もあるが・・・
秋は、若者より熟年人の恋物語がにあう季節。
落ち葉のセントラル・パークを意味もなく二人で歩るく・・・
これ以上の秋はない・・・あこがれの空間。

枯葉のイメージが車のリアガラスに貼られたステッカー・・・
そんなさみしい国もどこかにある。

by hama-no-koya | 2010-11-18 10:10 | Comments(0)
2010年 11月 17日

枯葉ー2

漁村の神社に大きなイチョウの木がある。
照葉樹の緑とイチョウの黄色がひときわ目立つ。
散るには早いがいずれ神社の広場がセントラル・パークになる。
意味不明だが俺がそう思うだけ・・・・。

数年前、過疎集落や田舎について考える会議があつた。
その道の先生たちに混ざり過疎の当事者の俺も参加できた。
過疎集落の再生や開発を理論的に専門家は話す・・・。
しかし俺は、学者ではないので想いを話した・・・・。

過疎の村で暮らすことは過疎の村で死ぬということ。
冷たい言葉と思うがそんな現実もある・・・。
村が死んでいくのを皆さんは看取るようにしてください・・・。
離別をおしむ人、医者を呼ぶ人、遺産の確認・・・・・。
まわりがなにをするか、・・・なにができるかの問題である。

過疎の村で、人が死んで残したものは家でも畑でもない・・・・。
それでも、なにかひとつくらいありそうな気がする。
やがては、人の地図から村が消える・・・・。

オー・ヘンリーの「最後の1枚の葉」のような集落の終末が理想。
絵に描いた葉っぱだが・・・その意味は大きい。

by hama-no-koya | 2010-11-17 16:05 | Comments(0)
2010年 11月 16日

オータム・リーブス

漁村の裏山も枯葉の季節になった。
枯葉が意味するものは何かの終わり・・・・?
さみしい・・・せつない・・・・?

音楽の枯葉表現はいろいろあるが・・・
漁師が知る日本版は越路吹雪・・・
シャンソンではピアフかモンタンかアズナブール・・・
ピアノ曲はウイリアムスが原点みたいだが・・・?
ジャズ界でも多くのアーチストが様々なかたちで表現している。
原曲がなじみだからと思うがアレンジやカヴァーが生きる。
さみしさの中に・・・なにか美しさや残された細い強さを感じる?
晩秋表現だが感情移入がオール・シーズンから生涯まで入るスケール。
音楽を超えた名曲だ。

これから漁に出るのでこの続きは次回へ・・・

by hama-no-koya | 2010-11-16 05:04 | Comments(0)