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2011年 09月 28日

似非女将のお散歩・・

我が家の似非女将は毎日散歩をしている。
何んの目的か知らないが田舎の人から見れば暇つぶしに思える・・・?

尾無漁港の広場をスタートして海辺のワインディング・ロードを「宇田郷駅」に向かう。
この間約1キロだが晴れた日の夕方は空と海が赤く染まる・・・。
海辺の宇田郷駅は駅舎があるだけで回りは家一つない寂しい無人駅。

宇田郷駅から上り坂の国道をしばらく歩くと高台にある「長浜パーキング」に着く。
そこから見下ろす日本海は晴れた日は青く・・・荒れた日は、海が白波で空は鉛色それに海風が・・・。
国道から離れ・・棚田道をしばらく上ると神社の大きなイチョウの木が見える。
「御山神社」の境内は数百年の田舎歴史を感じる。
春は若葉・・・夏はセミの声が・・・秋はイチョウの落ち葉がじゅうたん。

神社を出て山道をしばらく歩くと惣郷の集落を過ぎ・・・
川沿を海に向かって歩くと味のあるバスの「川尻停留所」がある。
このバス停で撮る記念写真は、大人も子供も温かくて誰もが気に入る。
プリントするとデジタルがアナログ旅になれる不思議な場所。

そこから海に向かってしばらく歩くと山陰本線の美しい「汽車の橋」がある。
海辺に架かるコンクリートの鉄道橋でもうすぐ80歳になるが今でも現役でそこにある。
鉄ちゃん、鉄子さん・・・乗り鉄、撮り鉄のあこがれの橋。

そこから海辺の道をしばらく歩くと岸壁に伝説の「ビック・フット」がある。
物語は誰がいつ頃書いたかわからない・・・伝説は現地で語ると差し迫る。
そばにある「手彫りのトンネル」を抜けると尾無の漁港へ戻る。

約4キロの似非女将のいつものお散歩コース。
街の旅人価値観がいつの間にか「我が家の田舎体験メニュー」風になった。
そこらで小アジも釣れるが、手作りのいい加減の道具と竹竿。

海辺の田舎を楽しむには自然体でメニューはいらない。
なんでもないところで、なにもしないでいる時間も人によっては価値がある。
大切なものは体験よりも体感の気がする。

by hama-no-koya | 2011-09-28 15:41 | Comments(0)
2011年 09月 27日

妻の気持ち・・

60年前に秋田県の八郎潟近くで生まれた。
18歳で上京してあこがれの東京暮らしを始める・・・・。

仕事も結婚も全ての街暮らしが順風だった30歳ごろだった。
夫は何を思ったのか・・「山口の田舎に帰って暮らそう・・・」と突然言い出し・・・
考えたあげく・・・泣く泣く夫について山口の田舎へ行くことになりました。

夫の実家は、日本海に面した30戸あまりの寂しい漁村。
わずかばかりの棚田を耕し漁業もやる・・・忙しいけど儲からない暮らしを両親がしていました。
そんな中で零細な家業を継ぐかたちで私たちの田舎暮らしがはじまりました。

目の前に広がる海に消える夕陽が無性に悲しい日々の暮らし・・・
後ろ髪を引かれる思いはいつまでも消え去らない・・。
なれない土地と初めて会う人々・・・

そんな日々の暮らしの中で数十年が経ち・・・
今ではなんでもない漁村の風景や人が日常になり、慣れかあきらめか分からないが・・
ふとした時、それがセピア色だがとても素晴らしいと感じるようになりました。

今では死んだ両親が残した田んぼは草薮になったが・・・
私たちの暮らしは健在で、それにささやかながら漁師民宿もしている。
そこらのなんでもない風景を街の人たちにもおしえたくて・・・。

夫が、ある日つぶやいた・・・
「旅人が旅をしなくなった・・・それは旅人が我が家に来るから」。
田舎で暮らしても東京の饅頭の味は今でも忘れることができない・・・。
そんな平穏な日々の田舎暮らし・・・

身勝手な俺だが・・・
62回目の誕生日に妻の気持ちになって書いてみた。

by hama-no-koya | 2011-09-27 05:04 | Comments(1)
2011年 09月 24日

サワラの子供

山口の日本海側では、サワラの子供をサゴシと呼ぶ。
そいつが大漁で魚の始末に夕方まで掛かった。
漁の始まりは朝の7時からなので久々の延長戦になったが・・・

大きなサワラは市場価格も高いが・・小さいサワラは極端に安くなる。
連休で明日の市場が休みなので魚は漁協の冷蔵庫に保管してある・・・
40cmくらいの大きさなので箱に入れないで大型の水槽にそのまま入れて。
小さいサワラは安弁当の焼き魚用に使われるなどで安値が相場だから・・・
基本的に成長段階の幼魚は熟魚に比べると味が定着していないから・・・?
競り市場の魚は人気が無ければ安くなる。

回遊魚は群れで移動するから・・・それを漁師が一網打尽に獲る。
成長段階の小さい魚は、大型魚から襲われるので防衛的に群れになる・・・
残酷かも知れないが、魚は弱いものから襲われる・・
釣り界のルアーは、弱い魚の泳ぎ方をしているものが良くヒットするらしい・・・?
食物連鎖でかたずけてしまえば壮大な海物語が消える。

○肉○食の答えは、平和な人間界では焼・定だが・・・
群れて暮らすのが良いか・・
単独で気ままに暮らすのが良いかわからない・・・。
人ならそれを選べるが・・・

カキなどの果物は成長段階でカラスに襲われることはない。
渋くて食えないから・・・
果物の世界から見れば動物の世界は厳しい・・・・

お彼岸の連休は天気に恵まれ行楽には最適だが・・・
漁師は連休には市場が止まる。
漁を休めばいいが、海が凪なら漁に出たくなる・・・
気がつけば俺も漁師だった。

by hama-no-koya | 2011-09-24 22:45 | Comments(0)
2011年 09月 20日

浜辺の小石

俺の暮らす浜辺は小石浜やジャリ浜が多い。
波が浜辺を洗うとき・・・小石が転がるなんとも言えない音がする。
気の遠くなる昔から浜辺はそれを繰り返してきたから小石も丸くなった。

昔は、コンクリートのジャリは浜から採取したものが使われていた。
今は(環境保全?)山からの石を砕いたものが使われるが・・・
過ぎた時代・・・近くの海辺の駅から貨車に積み込まれた浜ジャリが全国に運ばれた。

漁村の女たちは、鳥の巣(竹で編んだ背負カゴ)に入れたジャリを浜から貨車へ積み込んだ。
小石は重くて足場もゴロゴロで辛い仕事だがお金になるので女たちはそれをした。
男たちは漁に出る・・・、漁村に嫁いだ女の宿命みたいなものでもあった・・・
死んだばあさんの思い出話で・・・関門トンネルの工事中がいちばん忙しかったと聞かされた。
宇田郷駅の浜辺にはそんな時代もあった。

アマダイの延縄漁で使う錘の小石も浜べで拾っていた・・・長浜石(地元石)は重くて良いと言われた。
昭和の話になるが・・・近くの漁港から長浜へ石拾いの漁師が集まった。
今は、シナ海のアマダイ漁の不漁と排他的経済水域の設定で超減船状態になった。
海にも境界線ができ、漁業の海から領海や多資源の眠る海へと価値観も変わった・・・。

我が家の似非女将は浜から拾った小石に色を付けている。
テントウムシの形の石はそのようにペンティングして・・・ゴキブリの形はゴキブリに・・・
それはお世辞にも作品とは言えない。

俺には、趣味の世界と言うよりも田舎暮らしの暇つぶしに思えるが・・・
一つだけ感心なことがある。

浜で小石を拾ったら必ず地元の御山神社にお参りして、さい銭を上げている。
「浜辺の石は、昔から神様が管理している・・・」
妻は、死んだばあさんがそんな風に言っていたから・・・今もそうしている。

神々の開いた伝説の大地が今・・・・

by hama-no-koya | 2011-09-20 09:17 | Comments(3)
2011年 09月 15日

残暑きびしい・・・

秋なのにここ数日は日中気温が30度を超えている。
毎朝4時30分に起床するが夏場は夜が明けていた・・・今は真っ暗。
暦は秋で順調に昼間が短くなってきた。

朝の定置網漁は魚が少なかったので9時頃終わりその後はお昼まで海に潜った。
目的はアワビやサザエを採るのだか・・・今日はそれに加え魚をモリで突いて楽しんだ。
海仕事にも気分の転換は必要である。
結果アワビは3個とサザエ弱と最悪だが、20センチくらいのカサゴを4匹とイシダイを1匹突いた。
モリで突いた魚は傷が付いているので我が家で美味しく食べる。

海に潜る仕事は獲物が多ければ苦にならないが、少ないとヤル気になれない・・・
仕事だからと思い頑張るがそれにも続行の限界がある。
普段は漁協で午前中操業と決められているので12時まで辛抱する。

潜り漁は単独戦であり、監督も居ないから自己判断でいつでもゲームを止めることができる。
状況が悪くなると無理をすることはないが・・・誰かに止めろと言われた方が楽だと思うときもある。
いずれにしても自己判断は限界点の手前を知るのが難しい・・・。
大げさだが生死を分ける結果にもなりかねない。

カサゴは赤い魚と、黒い魚がいる・・・
どちらも美味しいが磯の黒カサゴの味は絶品である。
刺し身でも煮つけでもいけるが、変わったところで白味噌汁がおすすめ。
汁の身としてとしても磯を食べる感じになり・・・汁にカサゴのダシがうまく調和する。
昔から漁村では、「イガラの味噌汁」として家々の食卓に代々伝わる。
絶品汁の通常トッピングは小ネギだがこの季節はミョウガになる。

漁村では昔から「ミョウガ畑にはマムシが多い」と言われる・・・。
ほんとうの話かも知れないが・・・他所のミョウガを取るなの意味合いもある?
それに「ミョウガを食べると頭が悪くなる」とも伝わる・・・。

秋茄子伝説や茗荷伝説として今も漁村に残る・・・。
先人たちは優れたコピーライター。

by hama-no-koya | 2011-09-15 17:19 | Comments(0)
2011年 09月 13日

田舎と街

数年前までは・・・人の流れは田舎から街へ流れていた。
今は、それが対向的に流れるようになった。

ひとつは田舎が○○・パーク?のようなかたちでも入園料はいらない・・・
それとも自然のテーマパーク?そこまでも行かなくてもこじ付けることはできる。
俺は、むろんそうなってほしくはない。
でもその反面、田舎に街のお金や人を集めて田舎を存続したい・・・。
少しづつ確実に失われて行く田舎の原風景を・・・。
だがこれを矛盾だと思いたくない・・・・。

今、田舎仲間とNPO「田舎こんせるじゅ」を設立しょうと準備をしている。
東京駅の「駅ナカ」にあるステーション・コンセルジュの逆バージョンのようなものを・・・・。
基本的には、今そこにある田舎資源を街に紹介し、街人の問いかけに答える。
体験もあるが・・・里の原風景を素直に訪れた街の人がそれぞれのかたちで過ごすような・・
田舎人の企画でシンプルで零細なものだが、その良さが生きそうな気がする。
田舎旅の産地直送や村にある無人市場のような・・・。

現実はその準備に取り掛かると資金的なものが徐々に構想や理想を狭めてくる。
それでも自転車操業でなんとか見切り発車する見通しがついた。
コミッションの風習がない地で街からどうやってお金を頂くか?それでも運用入金を・・・・
自治体の補助事業や民間企業の助成金も充てにならない厳しい時代になったような気もする・・・。
途中で、なにもNPO法人でなくてもと思った・・・
迷いや不安も隠せないが・・・それでもなんとか策は考えた。
もちろん企画やパンフは文庫本サイズで・・・・

俺は以前、「沈む夕陽を年間一万円で買わないか!?・・・」
「絵のない絵本」の価値観から・・・・
昔の話になるが、タダで観れる夕陽を誰一人買うものはいなかった・・・・。

by hama-no-koya | 2011-09-13 18:06 | Comments(0)
2011年 09月 10日

セミ・・・

9月に入ってから午後は、ツクツクホウシがうるさいぐらい鳴く・・。
別に迷惑ではないが、気にすると妙に鳴き声が大きくなる。

真夏のお昼はクマゼミがシャンシャンと泣き叫び、日暮れはカナカナ~とヒグラシが鳴く。
途中にニイニイゼミもミンミンゼミも鳴くが、セミは時間帯別で同種類が鳴くような気がする。
セミのおもしろいのは、ミンミンやニイニイやツクツクホウシの鳴き方がそのまま名前になっていること。
世に多くの生き物が生息するが・・・名付け親は単純でなく考えたあげくの命名の気がする・・?
それとも古代から人がそう呼んでいたから・・・?

ツクツクホウシの鳴き方は・・・正確には鳴り(なり)方と思うが・・・・
ツクツクホウ~シを何回か繰り返しウイホ~シを2回繰り返しジーで終わる。
誰が教えたのか、たいていのツクツクは同じ楽譜を演奏するから不思議だ・・・。
音を出す色んな生き物がいるが・・・ツクツクホウシの演奏は技巧派に入る。
どうでもいいことだが個人的洞察?の面白さ・・・・。
たとえば「森の生活」のソローのような・・・・。

このページを書き始めた時刻には外でツクツクホウシが鳴いていたが・・・
今の時間帯になるとコオロギの合唱になった・・・
海べの村でも秋の夜は暗闇もにぎやかになる。
虫たちはどんな想いか知らないが今とばかりに鳴き始める・・・。
目的は小細工なしの求愛であろう・・・・?

うまくまとめることができないが・・・・
漁村の暑い夏が終わったことを表現したかった。
それと今の企業で人材的にもっとも求められるものは・・・
洞察力の強い人らしい。

by hama-no-koya | 2011-09-10 18:54 | Comments(0)
2011年 09月 07日

マナガツオ

マナガツオと言う魚がいるがカツオとは似ても似つかない。
どうしてカツオの名が付いたか不思議だ。

過去30年の俺漁師歴史の中で、年間数匹しか獲れなかったマナガツオが
いちどに200匹ちかく獲れた!!。
30~40cmくらいの大きさであまり大きくはないが、この地方(山口・日本海)では驚きだ。
南方系の魚で太平洋側や瀬戸内海では珍しくはない。
その日は、数十キロ離れた他の定置網にも数百匹揚がったので市場で話題になった。
多くの言葉が「過去にこれほどマナガツオ獲れたことはない・・・」だった。

気になる味だが・・刺し身は白身で鮮度がよくても柔らかく特別美味しいとは思わない。
塩焼きも特に美味しい・・?、うまく言葉で表現できないマナガツオ独特の味がする。
なぜこの魚の価格が高いのか?不思議に思う。
おそらく多量に流通する商品でないので・・・これが食べたい需要に対して品薄価格のような気がする?
それに鮮度の落ちやすい魚なので、刺し身やスシネタ用に流通する魚が少ないから。?
つまり生食用は高値魚であるがストックや輸入が難しいから?

いずれにしても生産者の漁師は、魚の価格が高いことは良いこと。
魚の価値観は昔から市場関係者や料理人や食べる人が決めている。

南方系魚の北限がここ数年は北上傾向にあると言われている?
田舎で暮らしていても海洋環境や魚価格まで地球的規模の問題になる。
今回のマナガツオが俺にそうささやいた。

by hama-no-koya | 2011-09-07 15:20 | Comments(0)
2011年 09月 03日

さんぽ

もしも、俺の田舎暮らしに曲を付けるとしたら・・・・
「となりのトトロ」に出てくる「さんぽ」だと思う。

物語は、田舎暮らしの楽しさや自然をわかりやすく表した「田舎移住の入門書」のようで・・
深く読み込むと、アニメの枠や時代を超えてのタイムリーな名作。
テーマ曲の「さんぽ」も元気や希望に向かうものでわかりやすくて素晴らしく
親子で観る映画が少なくなる今、子供から大人まで同伴で夢中になって観れるから。

漁村の近くになんでもないバスの停留所がある。
多くの人は、そこを何も気にせずに通り過ごしてしまうが・・・
大人も無邪気になって田舎の風や空を感じながらさまようと
普段見えないものが見えてくるから不思議だ。

日に数本だけ海辺の田舎道を走るかわいい町営バス・・・
普段は、乗る人も降りる人もいないからバスは停留所を通過するだけ。

東京には「はとバス」がいて、いつも多くの人を乗せ名所をまわっているらしい・・・
旧国鉄時代には「つばめバス」が各地にいた・・・
海辺の田舎バスには名所も旧跡もない・・・たまに病院通いのお年寄りが乗るだけ。
「となりのトトロ」の村には、「ねこバス」が子供の希望を乗せて走る?

海辺の田舎バスは「道の駅阿武町」を出て日本海沿いに北上し惣郷集落の折り返しで・・・
片道30分くらいと思うが、海辺の風景が習い始の水彩画のようでおもしろい。
車窓は「鳴き砂の浜辺」や「海辺の岩場」やなんでもない漁村など小刻みに景色や情景が変わる。
どれもドングリの背比べ風景だが・・「汽車の橋」と「伝説のビック・フット」は身近歴史を物語る。
そんな風景に、ふと気が付けば途中下車していた・・・。

そこらの片道200円のバス旅だが・・・
もしかして、海辺のなんでもない小さい秋が見つかるかも・・・。

by hama-no-koya | 2011-09-03 06:52 | Comments(0)