浜の小屋

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2011年 10月 29日

居酒屋・・・

俺が暮らす漁村から一番近い居酒屋は・・・
汽車に乗って5番目の駅にある。
だから・・・自分の気持ちを構えないと行けない。
ほんとうは、帰り道とかふらっ~と立ち寄れる位置にあるような身近が理想・・。

居酒屋の定義は知らないけれど・・・
大机を囲んで仲間とワイワイで・・・楽しい雰囲気の何でもありメニューの飲み屋さん・・?
俺は酒が飲みたい、仲間と話したい、その日流れで多目的の利用が多い。
居酒屋の良いところは・・・アポなし大勢受け入れが可能で仲間を分けないところ。
それに上座も下座もないが理想で・・・それでもその場を仕切る奴が居ないと最初が進まない。
(書いている途中だが・・・酒が飲みたくなった)

俺の漁村には居酒屋は無いが・・・
砂浜でも岩場でもジャリ浜でも、つまみと酒さえあればそこらで似非宴会ができる。
漁師仲間でたまに飲むがその辺にある魚を刺し身にして。

俺の奥方は東北生まれだから・・・この時期になると鍋を持って屋外に出たがる・・・
その場所は川原であろが山であろうが鍋を火にかける。
中身は醤油ベースで基本はサトイモがは入り、後は魚であろうが肉であろうが野菜であろうが・・・
何でも無造作に入れた鍋を仲間と楽しく囲み飲んで話して酔っぱらう・・・
その野外居酒屋?を秋田の北部地方では「なべっこ遠足」と言っている。
福島で、川原に行って鍋を囲んだことがあるがその地方は「芋煮会」と言っていた。

どうやら居酒屋の原点はその辺にありそうだ・・・。
ローカル・パーティは地域振興で暮らしに欠かせない・・・
それに居酒屋は江戸の庶民文化だった。

by hama-no-koya | 2011-10-29 06:10 | Comments(0)
2011年 10月 25日

防府の思い出・・

50年前くらいの昔話と思う・・・。
親戚の叔父さんが、協和発酵で野球をやっていたので防府に遊びに行った。
子供の俺は肩車で見た裸祭りと、富海?で泳いだ記憶が微かに残る。
厳しい田舎暮らしの中で、何回か親子旅をしたことを思い出す。

いつか見た青い空。ふたたびその地に立つと思い出として再生する。
セピア色した画面で天神様には裸男が人波であふれ、砂浜は海水浴場。
山陰とか北浦とか言われる田舎で暮らす少年。人の多さと余暇を海辺で過ごす人に驚く。
そのことが、いつの日か街へのあこがれと旅の楽しさに変わる。

18になった少年は、小郡駅で東京行きの寝台特急「あさかぜ」を一人さみしく待っていた。
防府から親戚の美人姉さんが見送りに来た・・・ほんとうに嬉しかった。
そのことは、誰からも聞かされていなかった。
死んだ漁師親父の粋な計らいだと大人になって気がついた。
寝台の幕を閉めた・・・、希望に向かっていたが涙が急に襲ってきた。

「深夜特急」は旅の本だが、俺の旅は寝台特急「あさかぜ」から始まった。
やがて少年は62歳になり、夕暮れの天神様にお参した。
人と会うために・・・・。

出会いと別れを繰り返し、いつかは終わる。
それも、時が経てば思い出に変わる。

by hama-no-koya | 2011-10-25 17:12 | Comments(0)
2011年 10月 23日

久々の夜ふかし・・・

防府天満宮の参道に、まちの駅「うめてらす」はあった。
そこは人がふらっと集まる場所で敷居もなく・・なんとも言えない居心地の良さを感じた。

駅は、助役のお姉さんが施設と街の案内人で売店の人がみんな親切な駅員。
インフォメーションでも、サービスでも受付でもない。そこに見えないカウンターがあって・・
人のさがしものや行き先をいっしょに考えて・・・、見えない切符を売るところ。

街のコンセルジュのお姉さんは、カウンター越しに人に丁重に対応するが・・・
「うめてらす」のお姉さんは、そこらのベンチに並んだり歩きながらで、「おしえてあげる」を感じない。
どうやら防府市の入り口は天神様の門前にあるようだ。

そんな「うめてらす」も夜になると駅舎の壁に満天の星がかがやく。
店が閉まっても、夜道を歩く人に星が道や居場所を案内する。

星の案内で行き着いたところは居酒屋だった。
普段は一人寂しく自宅居酒屋の晩酌だが、今宵の入り口は映画に出てくる湯屋のようで、
マックロ・クロスケがその辺に居ないかと探した・・・。
下駄箱にスタン・スミスを入れ・・、中に入ると湯船こそ無いがそんな感じの酒飲み場だった。
誰かが言っていた。湯船につかって仲間と話しながら飲む酒は危険だがやる価値があると・・・。
なんとなく解かる気がする居酒屋だった。

何故かいつもを忘れたくて・・・、その晩は芋でなく麦の焼酎を注文した。
   チェンジ・オブ・まいんど!!
そんな楽しい・・、楽しい夜の防府だった。

by hama-no-koya | 2011-10-23 11:48 | Comments(0)
2011年 10月 20日

忙しい秋

ここ数日は定置網が好調で忙しい・・・!
昨日は、朝6時に出港して魚の出荷が終わったのは夕方の7時だった。
風呂に入ってアジの刺身で焼酎を飲んだらいつの間にか眠っていた・・・。
忙しいことは良いことだから文句も言えないが・・自分には気持ちで言っていた。

何がそんなに獲れるか・・・?アジがとれる。
大きさは平均20cm・120gでタタキもしくは焼き魚の手頃サイズ。
街の小売価格は見ていないが値段も手頃だと思う・・・?

アジは周年獲れる魚で、毎年6月頃と10月頃の2回が水揚げが山場となる。
その量は海だから・・・多い年もあれば少ない年もある。
ここ数日、アジの水揚げ量は俺が漁師になって30年になるが最高だろう・・・。
それも毎日決まってそこそこ獲れ続くことも珍しい・・・。

アジは回遊魚だが・・・俺地方のアジは瀬に居付く習性があるようだ?
つまりアジの餌さとなるシラスのような小魚が多く、アジの居心地の良さと思う。
そんな餌を・・・腹いっぱい食べたアジがそこらを群れとなって泳ぐ今年の秋海・・・。
おそらくアジたちは厳しい冬場に向けての食い溜めだろう・・・。

アジを獲る漁法には釣り漁と網漁があるが・・・網漁にも「巻き網漁」と「定置網漁」がある。
巻き網漁は、集魚灯に集まるアジを網で打ち周し・・網底を絞って網の中のアジを獲る。
定置網漁は、魚の通り道を網で止めると魚は沖に向かって泳ぐ・・行き当たりは袋のネヅミ状態網になる。
網は固定されているが・・魚獲網の部分だけを毎日揚げて中の魚だけ獲って網を元の海中に戻す。
網の構造自体が複雑なので言葉で表せないし・・・昔から魚の習性を元に設計されている。
正式には大敷網(おおしきあみ)と呼ばれ1600年代後期?山口県の日本海側が発祥の地・・・?
その伝統漁法も時代とともに改良され現代の形式になった。

山口県の魚で水揚げ量が一番多いのはアジで、金額一番はイカだと言われている・・・。
有名一番は全国区だとフグだろう・・・?
美味しさ一番は漁師でなく食べる人が決めること・・・。

3方を海に囲まれた山口県は海岸線も長く獲れる魚の量も種類も多い。
兎に角アジが豊漁の忙しい秋。

by hama-no-koya | 2011-10-20 05:02 | Comments(0)
2011年 10月 16日

神社のしめ縄

毎年、稲刈りが終わると稲ワラで神社のしめ縄を村人で新調する。
大鳥居や社殿など大小合わせると十数本になる。
縄は3本よりで太さ30センチくらいから数センチまで様々で、
神社の役員や氏子の手伝い人が一日がかりでその作業にあたる。

昔から海や農作業で使う稲縄は右回りによりをかけてロープ状にする。
神社や正月のしめ縄は左よりで出来ている。
右周り左回りの違いだが、基本はネジの締める方が右回りで緩める方が左回りになる。
「の」の字が右回りだと年配者から聞かされる。
なぜそうなったかと聞くと?昔からそうである!その場はそれ以上聞けなく正解であるが、
人の腕が右利きになっているから・・・漢字もネジも右利き用になったらしい・・・?
誰が決めたか分からない発明でネジもロープもおもしろい。

俺は田舎の消防団に所属しているが・・・まれに高齢者の行方不明捜索(はいかい)の出動がある。
高齢者の多くは無意識に歩くときや、Y字路になると左方向に歩くと介護関係者から聞かされた。
全ての場所を探す指示が出るが・・・過去数回の捜索事例では左方向に歩く確率が高い。
・・・でも歩く本人は無でなく空想の世界を散歩している気がする。

田舎暮らしには右回り左周りにも文化や伝統がある?
ギャンブル関係のレースは両周りあるが?陸上競技は左周りと決められている?
普段気にならないことが気になるそんな秋の昼下がり。

いずれにしても縄は数本の稲茎が一つの束になっている。
秋になると神社の大しめ縄は数人がかりで造りそれが出来上がる。
酒を飲み、数日後には収穫の感謝祭が行われる。
この時期に毎年それを繰り返す田舎。

by hama-no-koya | 2011-10-16 18:48 | Comments(0)
2011年 10月 11日

海辺の棚田

海辺の傾斜地にある棚田も今は少なくなった。
昭和から平成に変わってから・・・

終戦後の田舎は、食糧生産の若者がそこそこ儲かる農林魚業を職としたが・・・
俺が30年前に故郷へUターンした頃をピークに・・・
棚田の稲作は徐々に減り始め・・・海でもヒラメやアワビも減り始めた。
反面、経済成長で自動車や家電製品などは増えてきたが・・・
田舎で生まれた若者は、もの豊かな街にあこがれ・・・そこに職や暮らしを求めた。
振り返ればその時代は・・・今の東南にあるアジア諸国のようでも?あった。

春先に田んぼを耕し・・・田植えをして・・・夏の暑さに草刈をして・・・秋に刈り取る。
海辺の棚田管理は、単位面積当たり仕事の量計算など・・、収益を考える稲作ではない。
昔からその地に伝わる暮らしで・・・食料や年貢米を地道に生産してきた。
その暮らしと景観が里山風景でローカル遺産となった。

近頃の田舎は集落営農や農業法人などが設立され農業のかたちも変わってきた。
だから田舎の農地が農地として耕され農業も里山も維持できるようだが・・・
しかし海辺の棚田は、耕作面積も少なく大型機械も入らないので営農的には問題外である。
だから個人で耕しているが・・・それにも近い将来に限界が来るだろう・・・・。

農地は食料生産の場として、俺が暮らす政府は見ているようだが・・・
数年前、ヨーロッパ・アルプスを旅したときに感じた・・・
山間の牧畜家では、ジャージー牛が十数頭しか居なかったがそれでも暮らしていけるようだった。
その家族語は、スイスなのにドイツ語?と理想の田舎暮らしで何も聞けなかった・・・
・・・この俺も突っ込みを入れる間がないほどで、景観と人が美しい自然な空間を形成していた。
アルプスを背にしたやや傾斜地の緑豊かで広くない牧場と牛舎と母屋が絵葉書風で・・・
両親とハイジが成人したのような可愛らしいお嬢さんが暮らしていた・・。

・・・海辺の棚田では「ヒノヒカリ」の刈り取りが始まった。
稲作だけど暮らしの風土を耕している・・・。

by hama-no-koya | 2011-10-11 18:47 | Comments(0)
2011年 10月 07日

今が旨いシイラ(魚)

シイラは成長すると1m~2mくらいになるが雄と雌の頭の形がちがう。
シイラの暮らしは、海面近くの表層を泳いで小魚を追いかけ餌にする。
だから早く泳げるように魚体はスマートで海色で尻尾も大きい。

6月頃産卵にやってきてその後体力をつけて11月頃南の海に帰って行く。
夏のシイラは、刺し身にしても焼いても煮ても普通の味だが・・・
秋になると脂がのり、これがシイラか!!と思うくらい美味しくなる。
魚に旬があるとは言えこれほど味が変わる魚も珍しい・・・。

そのシイラが定置網に数匹だが毎日決まって入る。
浜の人は、昔から秋のシイラは美味しいと知っているので魚体を見ると食べたくなる。
シイラの味が浜の暮らしに季節を告げる。

見ただけで食べたくなる食品にも色々あるが・・・
見た目印象も食欲をさそうが・・・秋のシイラは過去の美味しい記憶が動物的食欲になる。
世は、ビジアル優先?でいくら味が良くてもヒット食品になるとは限らないが・・
秋のシイラは外見は美味しい魚に見えないが旨い!・・・
昔から天は二物を与えてくれない。
鮮度が落ちやすい魚なので・・・究極味のタイトルは「船上の刺し身」だろう・・

今晩、浜仲間の女子がカイラス(カンリンボチェ)の巡礼旅(コルラ)?を終え帰ってくる。
チベットの奥地と海魚は無縁と思うが・・・
帰国直後の寿司が食べたい・・・で、今日の網でいちばん美味しそうなシイラを準備した。
1.5mくらいのメス魚で丸々と太ったやつを・・・。
刺し身と焼き魚、つまり調味料は醤油と塩だけのシンプルな得意の手抜き料理。
塩焼きも・・・、ヤクの背中に乗せられてヒマラヤを越えた塩があれば言うことなし。

俺は単純男だから・・・旅人の旅話を聞くと自分が旅をしたつもりになれる。
ほんとうは自分が旅をしたいのだが・・・長期休暇がとれないし、それに健康に自信もない。
お腹の手術をしてからは旅の下痢癖がついたから・・
旅人なら誰でもウンコを我慢した経験があると思うが・・我慢できれば苦労はない。

デンマークの売れない絵描きが、画題が見つからず絵を描くことが出来なくなった・・・
屋根裏部屋で落ち込んでいると夜空のお月様が話しかけてきた・・・月が見た世界の話を。
毎夜の旅話空間は話す側も・・・聞く側も旅をしているようで・・・
画家は、お月様の旅話を聞いて絵が描けるようになり元気になった。

アンデルセンも旅人だった。
俺の近くにも「飛耳長目」の話がある。

by hama-no-koya | 2011-10-07 05:06 | Comments(0)
2011年 10月 05日

田舎の行く末・・・?

俺の暮らす町の行く末は・・・
それをここ数日、マジになって考えることになった。
追い詰められてではなく、今暮らす小さな田舎町が順風満帆の航海だから・・・。
可もなく不可もなく・・だからと言って満足もないような・・・。
俺個人は、今の田舎暮らしに満足しているし素晴らしい町だと思っているが・・・
住民の多数がそう思えるかと・・・?あることで感じたから。

俺が暮らす田舎町は、厳しい財政の中で人材育成事業にかなり投資をしている。
上勝(徳島)の横石知二氏に始まり、昨年は鹿屋(鹿児島)柳谷集落の豊重哲郎氏を訪ね・・・
今年は、小値賀(長崎)の高砂樹史へとトップ3の田舎開発者の地域と話を聞きに行くなど・・・。
この三者の話は、現地の田舎で聴かないと意味がない!!

豊重氏の集落再生は補助金に頼るところが無いが、高砂氏は補助金をうまく活用し・・・
横石氏は田舎独自のビジネスで・・・、それぞれ違うかたちで田舎を再生している。
研修はそのビフォー・アフターが内容になり、我が町と重なる部分も多々あるが・・
事例のパスワードは、いずれも人材のようでそれを直接コピーすることはできない・・・・

三者は、お呼びして講演を聴くと先生だが、現地で本人と直説会話すると住民のひとり。
俺の先入観は、地域つくりの三大カリスマと思っていたが普通の人だった。
視察研修は現地で見て、泊まって、食べて、飲んで、話して、歩いて感じることが本音であり・・
そのことでお互いの気持ちが開き、仲間と風土を感じるとアイコンも開いてくるから不思議だ・・・。
昔からものが知りたければ相手を訪ねることが礼儀のようだ。

だったら俺の暮らす田舎町をどうするのか・・・?
答えは出ないが・・・いずれも成功事例はコンサルタントが開発していない。
あまり無理をしないで住民の暮らす町は住民でつくりたい。

by hama-no-koya | 2011-10-05 12:09 | Comments(0)
2011年 10月 01日

秋旅・・・

我が家の中高年(妻)は毎年旅に出る。
ここ数年は、ハート・マークの超格安海外ツアーだったが・・・
今年は、表向き視察研修の国内旅を俺が推薦した。
と言うより俺が行きたいところへ・・・

長崎県の小値賀へ2泊3日の旅だが・・・
課題は、よその料理を眺めて食べて来ること。
もうひとつは、奇跡の島・野崎島の印象を俺に語ること。

ある旅雑誌で紹介された東北の厳選田舎宿に妻を偵察に行かせたこともある。
宿の紹介が素晴らしいことと、世界遺産の認定が地元に必要なものかと思い・・・?
そこは、白神山地の入り口にある民宿で小洒落た宿の美人女将さんがいる宿・・・。
妻の報告は「なんだか分からないが気疲れをした」だった・・・・。
編集者やカメラさんライターの出版目線と読者である世間知らず妻のギャップだと思った。
近頃は、旅本の写真を見るだけでそこに行きたくなるが・・・旅は自分で選ぶもの。
スフィンクスは思ったより小さかった?も旅の一つ・・・。

俺の秋旅は、新幹線で便利になった鹿児島だった。
何回も行っているので特別に変わったものは無かったが・・・
桜島が黒煙を上げて噴火しているを始めて見て!!
予期せぬ出来事に少しだけ興奮した。

今年の秋旅でいちばん乗ってみたい興味のある乗り物は・・・
ボーイング787だ!! 何がスゴイのか? 航空機マニアでなくても全てがすごいと思う。
旅の楽しみの一つに乗り物の窓から・・・ひとり黙って外を見ている時間がある。
飛行機の窓が大きくならないかとず~と思っていた。

その窓は大きくなった・・・B-787の空旅は窓側の席へ意地で座りたい。
飛行機が空を飛んでいるのだが・・・人が空を飛んでいると思える。
「天空の城・・・」の世界。
これでまた空旅の楽しみが広がった。

by hama-no-koya | 2011-10-01 12:00 | Comments(0)