浜の小屋

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2012年 04月 30日

「沈下橋」の大賞


沈下橋が見たくて、四万十の旅に出た。
下流域の中村から、四万十川を横に見ながら上流に向かう。
いくつもの沈下橋を渡り、上流域の梼原まで青空の下をのんびり一人旅をした。

始まりは、佐田沈下橋で最下流にあり、川幅が広いので橋も長い。
あまり長いので、中間部にやや広い離合の待機部分がある。軽自動車なら交わせる。
数ある沈下橋の中で対向できるのは佐田だけ?。
片側通行の橋。先入の対向車を橋のたもとで待つ。
待つ人と、待たせた人。お互いの気持ちと笑顔で車が行き交う。

漁師が選ぶ「沈下橋大賞」は、三里沈下橋。
のどかで優しいゆったりとした四万十の流れ。そこに里と山と空が広がる。

沈下橋から眺める景色が柔らかく包み込む。何も考えない時間がただ過ぎる。
日頃を忘れ、しばらくぼんやりしていた。

時間が経つにつれ何かを考える。過ぎてきたこと。これからのこと。
緩やかに流れる水。橋を過ぎる風が心地よい。

ふと我に返る。「のどごし」が飲みたい・・・。
地下橋の下を、四万十が流れる。



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by hama-no-koya | 2012-04-30 12:29 | Comments(3)
2012年 04月 27日

漁師の大型連休


昔は、漁師に大型連休はなかった。
今は、市場も連休になるので無理して漁をしなくなった。

我が家の似非女将は五能線の旅に出た。
白神山地が世界遺産になった年、山側の藤里から白神を見たから・・
今度は、海側から白神を観たいと言って。
八森にハタハタが産卵に圧し掛けるのは、あの白神の山があるからだと思う。
北の海仲間が言った。「森は海の恋人」だと。
私的で飛んだ話になるが、言葉や想いに距離は無い。

連休に、どこか遠くへ行きたい・・。
前から想いつきや、ふらっと旅が多い。「気がつけばそこに居た。」ような。
武蔵野に住んでいた頃、朝の天気に誘われて「奥多摩のひとり歩き」をしていた。
奥多摩の山は、身近で電車道から近いのでそれができた。

妻と暮らして数十年になるが、二人で旅をしたことがない。
少しの冒険と日常から離れたいから旅に出る。
買い物で長く待たされると、帰りの車で喧嘩になる。旅でも同じ気がする。
旅は、長い時間と距離の買い物だから。
最後の初恋のような旅があってもおかしくない。

旅先で手違いもある。複数旅だと「こうなると思っていたんだよな~」の雰囲気。
「だったら、その前になにか言って」・・・。
知らないところへ行くのだから、知らないことも多い。

仲間と旅をすると楽しさも多い。
一人旅の欠点は、話し相手がいないこと。
夜明けに、「四万十の沈下橋と竜馬脱藩の道」へ一人旅立つ。


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by hama-no-koya | 2012-04-27 05:02 | Comments(0)
2012年 04月 24日

ブリの不漁

今年は、ブリが数匹しか獲れなかった。
ここ数十年の漁師歴史で、こんな事は始めてである。
南日本海では、毎年2月から4月にかけてブリ漁が最盛期なのに・・・。
相手が天然なので打つ手がない。

ヤリイカが終わり、ケンサキイカのシーズンになった。
今年の滑り出しは好調のような気がする。
何かが少ないと、何かが多くなる。昔の村人がそのように言っていた。
自然界だけでなく、今では各界に通用する言葉になった。

スミイカも獲れるが、モンコウイカでなく偽者のコウイカが多い。
こいつは、別名を「尻クサレ」とも言う。同体の先端にお尻のような穴があるから。
食べても硬いし、味も有るのか無いのか分からないようなイカ。
市場に出しても売れないこともある不人気のイカ。そのくせ黒墨は大量に吐く。
昨夜、焼いて食べたが硬かった。でも市販のおつまみイカより美味しい。

日本人はイカが大好き。変な形をした、魚ともなんとも言えないイカが・・・。
活きたイカはスマート・フォンの画面のように変化する。
指で触れると、赤くなったり、紋様が微妙変わったり、過敏に反応するからおもしろい。
スピード感とサクサク感は、ダントツでケンサキイカ。

そろそろアオリイカのシーズンになる。
5月頃が産卵で、多くの釣り人が大型のアオリイカを狙う。
竿で遠投げし、偽餌さを泳ぐようにラインを引くと偽餌さが小魚に見えイカが抱きつく。
餌さの尻尾は、トゲの針が束になって付いているのでイカが引っかかる。

問題は、産卵にやって来たイカを釣り師が殺していること。
オスとメスのカップリングの邪魔をして。メスイカの交尾は生涯一回と聞く?。
もしも、これが人の世界だったらとんでもない。
イカの世界だから許せることだろうが、子孫は残したい。

イカの資源は確実に減っている。

by hama-no-koya | 2012-04-24 17:07 | Comments(0)
2012年 04月 22日

桜並木

福島県の「夜ノ森」に桜並木がある。
今が満開だと報道番組で知った。満開の桜は誰のために咲いたのか・・。
過ぎた話になる。桜並木が仕事旅の疲れを癒してくれたこと。

知り合いの仕事場は、国道から夜ノ森駅に向かう桜トンネルの中ほどにあった。
この春、映像で花見客の居ない満開の桜並木を見た。
そこには、晴れた日に白い雨合羽を全身着て歩く数人の花見客がいた。

・・・30年前の思い出が時を超えてよみがえる。
通りすがりで過去の旅人が、遠くで咲く桜に複雑な想いをはせる。
満開の桜トンネルが、人の帰りをひたすらに待つ。花の気持ちを考える。
手を伸ばせば届く距離。会いたくても会えない人がそこにいる。
今年も数え切れない花びらが、人の心に散るだろう。
悲しいけれど、泣けない辛さがそこにある。

落語「長屋の花見」を久々に聴いた。
大家が酒とつまみを出すから、花見をしようと長屋の入居者に声をかける。
家賃の取立てかとおもい、みんないい返事をしない・・・。
その気の無い人を、いかにしてその気にさせるか。
いつも人集めで苦労する。「長屋の花見」に何かヒントがありそうだ?。

ダイコンの輪切りが蒲鉾に、タクアンが卵焼きに見える話。
悪くとれば嘘偽り。良くとれば素晴らしい演出。
いずれにしても間とかテンポのようで、専門分野のような気がする。

辛い花見で終わりたくないから、楽しい花見話を入れてみた・・・
その効果が逆に出た。おもいでの桜が笑えない出来事だから。

おもいでの桜を、「夏草や・・・」の句にしたくない。

by hama-no-koya | 2012-04-22 11:59 | Comments(0)
2012年 04月 19日

船酔い

海に仕掛けてある定置網。
網が海草で汚れるから、定期的に網を取り替えなくてはならない。
固定したワイヤー・ロープにブイが結ばれ、それに網が下がる。
ロープと網を切り離すには誰かが海に潜る。

朝の7時から午後の2時頃まで波の中を泳いでいた。
途中で昼休みはあったが何も食べなかった。泳いで波に酔ったから。
船酔いや車酔いとちがって、波酔いは強烈な胃痛と吐き気を伴う。
ものを食べていないから黄緑の胃液だけが・・・。

漁師になって30年が過ぎた。今でも船酔いをすることがある。
大きな波揺れの日に船室で作業をすると直ぐに酔う。
気持ちが悪いからといって手は止めれない。
仲間は船酔いの気持ちは解かるが心配をしてくれない。冷たいが耐えるだけ。
頭痛と腹痛と気持ち悪さが同時に襲ってくる。
仕事でなかったら、横になって寝ることもできるがそれもできない。
半分弱気になるが、船上(戦場)に逃げ場所はない。
あるのは開きなおりのあきらめと気力だけ。

もしも、この世に船酔いがなかったら・・。
海で仕事をする人や、海で遊ぶ人がもっと増えるだろう。
場としての海は、仕事でも遊びでもおもしろいから。

海は壮大なオペラ舞台。そこには笑や愛があり、嬉しさと悲しみの涙もある。
美しさと優しさ。厳しさと怖さ。それには筋書きも終わりも無い。
そんな仕事場で毎日を過ごす。

人生最後の仕事を見つけたのは33歳の春だった。
朝もやの中でぼんやり見えたもの。
理想の人生と仕事は、名作「老人と海」の世界だと思っていた。

by hama-no-koya | 2012-04-19 16:45 | Comments(2)
2012年 04月 16日

題が分からない・・

どこで暮らしても、悩みはある。
その一つが「残したくても、残せないもの・・・。」
「残したく無いのに、残るもの・・・。」

先日、漁村で春祭りが行われた。
漁村の神様は、山の中腹にある御山神社に普段は祭られている。
祭りの日は、神様は神輿に乗られ本社から漁村の「御旅所」へ降りられ一泊される。
約1kmの道中は、かなりの急坂もある。

神様のお乗りになる神輿を、軽トラックに載せて漁村まで運ぶようになった。
神輿を担ぐ若者が、漁村から居なくなったから。
かたちは変わっても、祭りの存続はしなくてはならない。
昔から村人たちが、健康と大漁や豊年を地元の氏神様に祈願したから。

昔は、村祭りに近郷から親戚や客人を家に招待した。
白いご飯を炊いて、新鮮な魚を切って、酒を買って、夜遅くまで飲んで食った。
今は、祭りでお客を呼ぶ家庭は無くなった。

母は、隣村の農家で生まれ漁村へ嫁いだ。
暮らしや育ちの違いから、幼子の見えない何処かで泣いたと思う・・・。
細身で背が高く、お嬢系の母だった。 お花や三味線を弾き、たまに踊っていた。
本人は、どうして漁師の家に嫁いだのか分からないと言っていた。
祭りの日は、なぜか母の父親がいちばん上座の客人だった。

今年の春祭りは、日頃お世話になっている街の人を我が家に呼んだ。
大きなブリとヒラメを切った。酒も存分に用意した。
一昔前の客祭りを復活させた。

妙な満足感が体に染み込んだ。
みんなの気持ちや、こころの免疫力が高まった。

by hama-no-koya | 2012-04-16 17:58 | Comments(0)
2012年 04月 13日

旅の世話(よばなし)

昨夜、カトマンズからやってきた旅人と話した。
日頃は、ネパールでトレッキングや田舎のツーリズム・ガイドをしている。
パック・ツアーでなく個人旅の専門屋さんと。

ネパールへ行きたい。
旅本は、そこへ行けない人のためにある。それとも行きたい人のため。
いずれも本の旅は、カメラマンやライター目線の他人旅。
本の旅には、自分の思い出がない。

ネパールからやってきた旅人は、日本の田舎で本音をつぶやいた。
「何にもない中で時を過ごす。・・・それだけでも感動の旅。」
「人の暮らしや原風景がそこにあるから。」
日本の田舎空間も同感。

「停電だって珍しくない。」日本からの旅人はそこで電気の有りがたさを知る。
不便なことがあたりまえになる。それが日常だと不便でなくなる。
漠然だが、そんな感性がツーリズムだと思った。
付加価値が少なく儲からないが、そんな品質旅もある。

近頃は、カトマンズを訪れる中国人旅行者が増えてきた。
外国人観光客が増えれば外貨も稼げるが、
旅の質を考えてのツアー・コーディネートが大切だと彼は言いきった。
経験と想いに自信があるからだろう。
その原点は、ネパールの田舎旅も日本の田舎旅も変わらない。

青い空があって緑の山がある。
川の流れに沈下橋がかかる。向こう岸に行きたいから。
歩いて渡ろう・・、雨上がりの晴れた日に。

by hama-no-koya | 2012-04-13 15:15 | Comments(0)
2012年 04月 10日

漁港の掃除

先日の時化で漁港内に大量の藻が漂着した。
船は、船底にあるプロペラを動力で回して推進する。
流れ藻があると、それがプロペラに巻きつき船が進めない。
近頃は、藻の他にも網くずやロープなどが海上を多く浮遊するようになった。
困ったもんだ・・・。

今年は、流れ藻が異常に多い。
毎日、数人で藻を回収していたがその量は増えるばかりで減らない。
今朝は、自治会の臨時行事として港内の流れ藻を回収した。
集落の老若男女が総出の作業になった。
時間的には3時間くらいだったが、藻が重いのでみんな疲れたと思う。
回収したゴミや藻の量は2トン車で3台ぐらいだった。

今回は、漂着したものだけを回収したが、海に浮いている藻は手付かずにした。
そこまで人手が回らないから。
作業する人の半数は漁業関係者とその家族で、半数は漁業外の住民。
ジュース一本のお疲れさまで終了したが、誰も不平は言わなかった。
海辺で暮らすと色いろな作業がある。

数年前に、福井県の海岸で漂着した大量の重油を回収したことがある。
汚れのひどさに15日間くらい真冬の現地で寝泊りした。
そこで学んだことは、地球や人に対して「しては、ならないこと。」だった。

昨年、津波で壊滅状態の漁村をいくつか見てきた。
同じ海辺で暮らす者として、悲惨な状況にかける言葉もなかった。
ゴミが漂着するくらいなら、回収や掃除をすれば元に戻るが、
あの海辺は、大変な後片付けが終わっても直ぐには元にもどらない・・・。
見えるものは片付くが、見えないものは片付けられない・・・。

海の掃除が終わったとき、
住み慣れた漁村だが、そこに居るだけで幸せを感じた。

by hama-no-koya | 2012-04-10 15:35 | Comments(0)
2012年 04月 07日

四日ぶりの漁

午前中は、海が荒れていた。
午後から少し海が落ち着いたので定置網を揚げに出る。
心配していた嵐の被害は軽症だった。

4日も網を揚げなかったので魚が溜まったかと思うがそうでもない。
大荒れの海は、魚もじっとしていて泳がない。
しかし、嵐が終わるとしばらく餌を食べていないので活発に泳ぐ。
昔の人がそのように言っていた。

獲れたのは、大型のサワラとタイだった。
大漁ではないが、不漁でもない。サワラもタイも今が旬。
「鰆」・「桜鯛」の漢字で解かる。昔のコピーライターは一言でそれを表現した。
口伝えや手書きのコピーが、人から人へと時間をかけて広がるから。
いつか遊んだ「伝言ゲーム」に似ている。耳元でささやく言葉は優しい。
・・・「ものごころ」ついたらできない純粋な遊びをこえた遊び。

昔の漁師は、高級な魚は自分獲ってもお金に変えるので滅多に食べなかった。
食べても盆正月か結婚式か祭りくらいだった。
今は、仲間のもてなしや飲み会があれば、惜しみもなく高級魚を切るようになった。
漁師の気持ちにも個人差はあるが・・・。
業界を問わず、「気前の良さ」は、経済力より性格のような気がする?。

春の時化が長く続いた。
市場の魚も品薄だった。魚の質量も落ちていたと思える。
入荷が減れば価格は上がる。賢い消費者はそんな時には無理して魚を食べない。

海が穏やかになれば、新鮮な魚が市場に出回り価格も下がる。
待てば海路も日和あり。そんな時が魚の食べごろ。
漁師が、ささやく内緒話・・・。

by hama-no-koya | 2012-04-07 06:34 | Comments(0)
2012年 04月 05日

爆弾低気圧!!

とてつもない春の嵐が漁村を襲った。
浜の老人は、これまでにない春の嵐だと言って家から出なかった。
漁師は、船をつないで嵐の去るのを待つだけ。

急激に日本海で発達した低気圧が過ぎ去った。
その低気圧を天気予報では、「爆弾低気圧」と言っていた。
注意を呼びかける言葉。頭に爆弾を付けたウェザー・デレクターは偉い!。
「急速に発達」や「台風並み」とか言われても、庶民は嵐のレベルが理解できないから。
「オオカミが来る!」の童話もあるが、今は高い確率で災害が予測できる時代。
本物の爆弾を知らない人たちも「爆弾の怖さ」を知ってほしい。
漁師は、爆弾低気圧から「地雷を踏んだらサヨウナラ」の映画に行き着く。

港の施設には被害は無い。しかし海に仕掛けてある定置網が心配になる。
ようすを見ようにも、今日も嵐のなごりで海に出れない。
我が家の被害は、海辺に植えた咲きかけのチューリップが潮風にやられた。
開花を楽しみにしていた妻に言葉はない。

昔から季節の変わり目に大きな嵐が来る。
その時期は、春と秋にあるお彼岸が過ぎた数日にあたる。
3月末と9月末頃になるが、漁村では「彼岸さめの時化」と昔からいわれる。
毎年それが的中しているから不思議だ。

そんな中、ひとつだけ良かったことがある。
サクラがつぼみの状態だったこと。花は嵐を予測してか遅れて咲く。
・・・嵐が去れば今年も漁村に花が咲く。

by hama-no-koya | 2012-04-05 14:27 | Comments(0)