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2012年 06月 30日

津屋崎ブランチ



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                          今回の旅は、福岡市の近くにある津屋崎。 
                      旅仲間の女子がおしえてくれた、あたたかい海辺のまち。
                        ボサノバをききながら、午後の紅茶を飲む時間。
                               飾らないまち並みの美しさ。


                           まち歩きのはじまりは、古い染物屋さん。
                              古民家がそのままギャラリー。
                    古くて力強い建物の中に、柔らかい鮮やかな布がさりげなく広がる。
                              展示物でなく完璧なアートの空間。
                        一つ一つの作品より、オーケストラの演奏に聴こえる。
                              指揮者は、もちろん地元の住民。


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                                   あたたかいまちに・・・
                             あたたかい人たちが暮らす津屋崎のまち。

by hama-no-koya | 2012-06-30 17:58 | Comments(0)
2012年 06月 28日

御山神社

御山神社は、漁村から棚田道を上った山の中にある。
シイやタブの照葉樹がうっそうと茂る、鎮守の森。
入り口の鳥居から見る。シンメトリーで美しく、直と曲の組み合わせもきれい。
偶然か意図的かわからない。素晴らしいSANAA的な里山空間を描く。
漁師が勝手に、田舎の物造りを想像する。

田舎で暮らす人が減った。
普段の昼間、御山神社にお参りをする人は滅多にいない。
さみしいかも知れないが時代のながれ。

人気のない静まりかえった境内は、真面目なものを感じる。何かわからないが・・。
説明ができないので、その空間を照明器具にたとえる。
街の大きな神社は、古くても人が歩き立派でLEDのような明るさを感じる。
漁村の神社は、白熱の電球のような色あかり。
こころをこめて、かしわ手を打つと神に伝わる音がする。
昔からある、静かな村の氏神様。


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境内で目に付くのがナギの木。
熊野・速玉神社や、高知・安芸市の道路にあるナギの木ほど有名ではない。
無名だが地元にとっては、言わずと知れた御神木。
木は小さいが、かなりの実生木が点在する。

ナギの葉は、北条政子と源頼朝が駈け落ちした時にお守りにしたといわれる。
葉脈が葉と平行に走るので引っ張ってもちぎれにくい。
漁村では別名を「力しば」とも言う。
葉の真ん中に主葉脈が無いので、中を分けない恋人たちの葉っぱ。
そんな昔からの言い伝えがある。

恋人たちの参りを田舎では見たことがない。
ひっそりと神社はそこにあり、いつか訪れる誰かを迎える。
縁結びは相手がいないとできない。しかし願えば叶う神頼みもある。
合コンもできない田舎ぐらし。


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恋愛での地域起しは難しい。
春先に企画した、福岡発漁村行きの「恋バス・つあー」。
24人の若い参加者がいた。その後は知らない。
好感度の女性がかなり多かった。俺には添乗員の立場がある。
出会いはあっても、一歩の踏み込みがない旅人?

本音は、漁村に恋してほしい。
理想の恋人は、好きになった人が理想の恋人。



               ~後書き~
☆「恋バス・つあー」詳しくは、「地旅シリーズ」(2012・3・18~)で・・

by hama-no-koya | 2012-06-28 22:11 | Comments(0)
2012年 06月 26日

コブダイ

大敷網は、色いろな魚が獲れる。
変わりものや、珍しい形をした魚が海にはたくさんいるから。
珍魚は、獲ろうとしても獲れない。

コブダイはたまに獲れるが、今回のやつは見ごたえのある魚。
体長は1mくらいで、重さ10kgぐらいあった。
これほど立派なコブが付いたコブタイは今時珍しい。

過去のコブダイは、そんなに珍しい魚ではなかった。
近頃は、魚の絶対数が減ってきたので、コブダイも少なくなった。
アジ・サバのように群れで泳ぐ魚は、水揚げ量が半分になっても、魚体数は無数にいる。
年に10匹しか獲れない魚の半分は5匹。1匹しか獲れない魚は2年に1匹・・・。
魚は、育つ年や豊漁の年周期がある。それも当てにならなくなった。
食物連鎖や地球環境の微妙な変化が影響しているから?。
それとも人による乱獲?。

回遊魚は移動できるが、住みついた根魚は、獲れば次が育つまで時間がかかる。
安い、食べないマイナーな魚は、絶滅危惧種や救えと世論で騒がないない。
漁師から相手にされないで、捨てられるさみしい魚もいる。
大昔から進化する魚もいれば、退化する魚もいる。
漁師らしくない言葉かも知れないが、俺は漁師だから魚を獲る。
昔からそうしてきた。人が漁村で生きるために。


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コブダイのコブは何なのか知りたい?。
コブの中身を本気で見たことがない。市場に出すから。
記憶では、シリコンかゼラチン状のものが詰まる。
コブは、女性の乳房と同じような柔らかいなんとも言えない感触がする。
外見からは想像がつかない。

ベラやブダイと同じような柔らかい白身の魚。
以前、小型魚を煮つけで食べたが珍味でなく特別美味しくもなかった。
刺し身でも鍋でもいけると、先輩の漁師が言っていた。

コブダイを市場に出したが、値は聞いていない。
浜では、そこらの魚と変わりないから。

by hama-no-koya | 2012-06-26 14:09 | Comments(0)
2012年 06月 24日

紫陽花

漢字で書いた「紫陽花」が見たくて探した。
道路端に咲く花は「アジサイ」で、庭に咲く花は「あじさい」だから。
防府市の「阿弥陀寺」に、紫陽花が咲いていた。

山を背に、大きな茅葺の山門がある。
対の大きな、怖い顔をした仁王様が参拝人を迎える。
大人は、仁王様が威厳や文化財に見える。子供には怖いとしか思えない。
茅葺の門に立つ怖い仁王が、昔から寺を守ってきた。
風格の山門が、郷土の歴史を無言で語る。

山門をぬけると、石畳の坂道に紫陽花がひっそりと咲いていた。
飾り気はないが、どこかに鮮やかさを感じる。
会いたかった紫陽花。

昔から野に咲く、花数の少ない紫陽花。周りは新緑の淡いもみじの枝葉。
茅葺屋根と、人が歩いて減った石畳。控えめな彩の紫陽花。
質素でありながら、和風の美をまとめる。

紫陽花の記憶は、デジタルカメラでなく、フィルムのカメラで残したい。
山門と紫陽花の空気感をそのまま包みたいから。
生意気が言いたくなるほど絵にしたい、ここだけの風景を。
昨日を忘れ、今を歩きたい静かな寺道。


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音楽で表現する「いちむじん」の「紫陽花」。
ギターのデュオだが、本気で聴くと色いろな情景の紫陽花が浮かぶ。
美しいメロディーが淡々とながれ、素直に人が癒される演奏。
こころの風景と感情が自然に移入する。

紫陽花は梅雨に咲く花。
雨に打たれて色がまし、日にあたると色があせる。
紫陽花は、大人の恋物語。


       ~あと書き~
週末のブログは、疲れを癒す内容にしたい。
その中に季節感も入れたい。
(この前編は、2011・10・25の「防府の思い出」)

by hama-no-koya | 2012-06-24 17:41 | Comments(0)
2012年 06月 23日

夏至の夕陽


夏が来ると暦が知らせる。
梅雨の晴れ日。いつもの海に沈む夕陽。
昼間がちばん長い日。なにもない漁村の夕暮れ。

海辺なのに、「田園」の曲が聴こえる。
さみしいけれど、優しくなれる。


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いつもの年なら、今頃小アジが獲れる。今年はわずかしか獲れない。
漁期が遅れているのか、このままで終わるのかわからない。
昔なら、悔しいけれど「こんな年もある」。

今年は、対馬海流の本流が沖合いを流れている。
海の資源が沖を移動するので、岸に近い大敷網漁は不利になる。
海水温や海流の状況がわかる便利な時代。
海洋環境の情報分析で、漁の期待とあきらめをする漁師。

大敷網漁は、毎年同じ場所に網を仕掛けて回遊する魚を待つ。
カツオの一本釣り漁や巻き網漁は、魚の集まる場所に移動して漁をする。
漁法は、獲物を待つと追いかけるで大きく違う。
大敷網は、獣道に掘った落とし穴のような地道な漁法。
古くから浦々で改良され今日に伝わる。

夏至の夕陽は、定置網と重なる海の先に沈む。
夏至は、北欧では祭りごと。
日本は、静な夕暮れでその日が終わる。

by hama-no-koya | 2012-06-23 05:57 | Comments(0)
2012年 06月 20日

銀杏の木

漁村の神社に、大きな銀杏の木がある。
樹齢は勝手な想像で200年くらい。
春は和らげる若葉。秋はまぶしい鮮やかな黄色。でんとして目立つ存在。
それでも抜け駆けないで、里山の空間に溶け込み調和する。
風格の銀杏は貫禄の御神木で、相撲の横綱のようにしめ縄が付く。

木の枝をよく見ると、おんなの乳頭に似たものが下がる。
聞いた話。銀杏の木は、昔からオッパイの神様が宿るといわれる。
飛んだ話。東京の有名な銀杏並木にも、形のいい街の乳頭が付いていた。
銀杏の乳頭は、生命の誕生を感じる。
洞察すれば、見なれた銀杏の木がおもしろい。

むかし昔、飢饉で村人の食べる物が少なくなった。
赤ちゃんに飲ませる、お乳が出ない。
他からの支援が無い時代。村のみんなが心配した。
お母さんは神社の銀杏の木にすがり、お乳が出るようにお願いした。
願いは叶い、赤ちゃんが健やかに育った村。

食料は多分にあるが、若いお母さんが少ない今日の漁村。
豊かと思える日々。その暮らしの中で生きる村人。
人の暮らしを、時代を超えて見つめてきた大きな銀杏の木。


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神社の大きな銀杏の木。忘れかけていた絵の無い昔の話。
力を感じる古い大きな銀杏の木。
残念なことに、この昔話を語ることはない。
聞いてくれる人がいないから。

今いちばん有名で大きくて高い木は、東京の業平にある。
大樹の影で、業平の駅名が消えた・・・。

by hama-no-koya | 2012-06-20 14:24 | Comments(0)
2012年 06月 17日

近くて遠い旅 (後書き)

日帰りができる旅を泊まる必要もないが・・・
泊まってみると、見慣れた街を旅人の目線で観ることができる。
意外なものが見えたり、新たな存在も感じる。

島根県津和野町は、漁村から車で一時間もあれば行けるところ。
津和野には、太鼓谷稲荷神社がある。
昔から漁師の信仰は篤く、仲間連れで毎年数回はお参りしている。
自家用車が無い時代には、汽車で行っていた。
山陰本線を益田で山口線に乗り換えて津和野まで、片道三時間の旅だった。

神社で大漁と安全の祈願祭が終わると、直会を楽しみ「よしのや」で酒を飲んだ。
その年の漁によって違うが景気の良い宴席には、お酌の女性も多かった。
楽しい思い出として、今も賑やかな津和野が鮮明に残る。
古くから我が国に伝わる、信仰と観光を結びつけた日本発のツーリズムだろう。

そんな時代を受け入れた、ボランティア・ガイドの話。
あの頃は泊り客も多かった。道路が整備されてから津和野に泊まる人が減った。
観光の収入に頼る津和野町。街が一時期さみしくなった。
何が良くて人が来ていたのか・・・。「観光で生きるしかない!」と住民が気づく。
山里の小さな町。これといった産業も無いから。

子供から大人まで、元気な町にしょうとみんなが動く。笑顔の挨拶もその一つ。
街にゴミが落ちていない。人が捨てないことと、人が拾うから。
こんなきれいな街は、知る限り他に無い。
観光地なのに、人の暮らしや温もりを感じる美しいまちかど。

年配のボランテア・ガイドが曰く。
今の私にできること、「あいさつと、ゴミを拾うことと、ガイド」ぐらい。
津和野の町が好きだから・・・。


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今回の旅は、誰かに話したくて一気に書き上げた。
そばにある大切なものを忘れていた旅人が。

by hama-no-koya | 2012-06-17 18:49 | Comments(0)
2012年 06月 16日

近くて遠い旅 (旅食)

旅の楽しみの一つに食事がある。
津和野は、山陰の小京都と言われる。本来なら和食だろが・・。
和の街のランチは、旅のながれと感でイタリアンにした。

そこは、造り酒屋の蔵がお店になっていた。
「アルチジャーノ」は小さい店。広さと雰囲気が津和野らしくて丁度いい。
さりげない音楽がながれる。それも気がつかない美味しさ。
パスタのコースに赤のグラス・ワイン。食べたくて飲みたい旅のランチ。

前菜の料理とワイン。旅の景色と同じ色彩で食がすすむ。
メインのパスタ。津和野風にアレンジされ、淡い季節の味がする。
グラス・ワインもベスト・チョイス。気分が良くて思わず赤白の両方を飲んだ。
店を出る旅人を、さりげなく見送る気さくなオーナー・シェフ。

暗くなってもう一度来たいと思った。できたら誰かと二人で。
照明で、夜の白壁に菖蒲の花がさえる。夜風がやさしい粋な帰り道。
昼間と景色が変わる静かな殿町通り。


津和野が知りたくて町役場を訪ねた。
津和野らしい古い建物のタウン・オフィス。
日本の役所らしくない、ヨーロッパ的な建造物への思考がいい。
住民は、歴史の家に婚姻や出生の未来を届ける幸せな人。
古い窓ガラスの一枚一枚に故郷が映る。

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旅の食は、当たり外れがある。
事前の情報を当てにすることなく、自分の足で探す。
それは旅の経験と感が決め手。
予期せぬ満足に、幸せを感じる津和野のランチだった。


(店の撮影は場を見て遠慮する・定休日は月曜日)

by hama-no-koya | 2012-06-16 15:25 | Comments(0)
2012年 06月 15日

近くて遠い旅 (鯉の米屋)


津和野の街並みは、歩くだけでも楽しい。
昔ながらの商店もあれば、新しいカフェもある。
商店街の統一感はないが、一歩踏み込むと個性的でおもしろい。
気取らない、構えない、気さくな人と店が並ぶまち。

お気に入りの一つが、まちのなんでもない「鯉の米屋」さん。
帰るときには、屋根の瓦が赤い鯉に見える不思議な店。
旅人は、この家が好きになり片想いにふける。


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通りを歩いていると、店のお兄さんが気軽に挨拶をした。
釣られて店に入る なにも買う気が無い人への接客が自然でやわらかい。
棚に置いてある食品 「鯉の餌・100円」が目についた。
菖蒲が咲く鯉の掘割まで離れているので、売れないはずの鯉の餌がおいてある・・・。
何か不思議な予感がした 間の流れで鯉の餌を買う。

こちらへと案内された店の裏庭。
何代も栄えた津和野の米屋 立派な庭に池があり鯉が群れて泳ぐ店裏。
外からは想像がつかない 第三幕のオペラ空間がある。
鯉の餌は、この幕を開けるため・・・納得。

その昔、庭の奥にある米蔵を火事から防ぐために掘られた商家の池。
池の橋は、俵を運ぶために造られた庭道。
100円の鯉餌さのおかげで、津和野の話をいっぱい聞くことができた。
観光で生きる町の米屋 存在は小さいが疲れた旅人には大きい。
旅先での見聞は、そこに行くからできること。


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津和野の印象は、通りのあいさつ。
知り人であろうが、他人であろうが明るいあいさつをする。
それだけでも、旅人の気持ちがなごむ。

by hama-no-koya | 2012-06-15 14:26 | Comments(0)
2012年 06月 14日

近くて遠い旅 (永明寺)

旅の順路は道なりで決まる。
津和野は小さい街。順路は物語を書くように気持ちを優先。
旅人の多くは、コーディネイターが描いた旅を時間と共に移動する。
見た目より、内から感じる空間が多い津和野の旅。

永明寺(ようめいじ)は、駅裏の山手にある。
境内に森鷗外の墓があることで訪れる人もいるが、実像は一見の価値あり。
坂道を登ると、広場の奥に大きな山門がある。
閑静な庭の奥に地味に構える、古い大きな茅葺の本堂。
旅人の気持ちが洗われ、すんなり時空が超える。
音のしない落ち着いた古い寺。


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この寺でも、意外なものを見つけた。
古池の草むらに、白い大きな不思議な泡の固りがある。
棲み着いた、モリアオガエルのタマゴだろう。
池の上に小枝がない。だから地べたに産みつけた。

ゆっくり歩いていると、色いろなものが見えてくる。
昔からある津和野の細道。
人目や時を気にしない、感性豊かな一人旅。

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永明寺の無駄のない、誰もいない風景。
結城に塩瀬の素描の帯・・・。おとなの「女ひとり」が重なる。
過ぎてきた唄が聞こえる、近くて遠い旅。

なにもないやすらぎの時がこころを充たす。

by hama-no-koya | 2012-06-14 21:41 | Comments(0)