浜の小屋

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2012年 10月 31日

田舎のバス~(宇田郷駅)

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宇田郷駅の周りには家も何にもない。
裏山と日本海と道路があるだけ  人も滅多にいない海辺の無人駅。
構内の跨線橋はサビだらけ  クモの巣もたまに張る。
冬場は、海からの季節風をまともに受けて耐える  駅も加減にくたびれる。 
今は、朝晩の列車に高校生が数人乗るだけの駅になった。
それでも無くしたくない哀愁の宇田郷駅。

鉄道の開業時、地区内のどこに駅を造るか決まらない。
誘致に折り合いがつかない  惣郷集落と宇田集落の中間点に駅ができた。
駅名は双方の文字をとって、「宇田郷」になった説が有力。
東京にある、立川と国分寺の中間にある街駅の「国立」にどこか似ている。
長野に「姨捨駅」がある  地区名をそのまま駅名にしたから。 
そこから見える風景は、日本三大車窓らしい。


駅前に新国道が走る  そこは元ジャリ浜だった。
昔は、海に一番近い駅だったと思う。 今はその座を何処かの駅に譲った。
暮らしの中でどうでもいいことだが、珍百景に登録したかった。
なにも無い所だから、何かあってもいいかなと思う暮らし。

「青春18きっぷ」が発売されて何年かになる。
旅人が宇田郷駅に、稀だが降りることがある  次の列車まで海辺で過ごす。
何をするでもなくぼんやりしている乗り鉄さん  散策する鉄子さん。
海辺の駅には、それぞれのドラマがある。
海にいちばん近い柏崎の「青海川駅」・・・ 「高校教師」のようなせつない恋もある。
川にいちばん近い駅は、高知四万十の「打井川駅」?・・・ 川旅の想い出。

田舎のバスは、宇田郷駅を過ぎると旧国道に入る。
海辺の田舎道を決まったように・・・。

by hama-no-koya | 2012-10-31 14:29 | Comments(0)
2012年 10月 30日

田舎のバス~(宇田)

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宇田は、日本のどこにでもあるような漁村の風景。
山手にはJR山陰本線と国道191号線が平行して通過する。
漁港を中心に、わずかな麓地に家屋が密集する。

多くの家は漁業で、四季折々の魚が水揚げされる。
みんな日帰り漁師なので、その日の新鮮な魚が漁協に集まる。
しかし宇田には市場が無い  萩の魚市場までトラックで魚を運ぶようになった。
時代のながれで漁協が合併をしたから。

数年前まで地元漁協で朝夕の2回、市場が開かれていた。
その頃に比べると  漁船の数も漁師の数も水揚げも半分近くに落ち込んだ。
魚価格の低迷と魚の資源が減少したからだろう。
今年は、春先のブリと夏から秋にかけてのアジが極端に少なかった。
何が原因だかわからない  魚が回遊して来ない限り手の打ち用がない漁師。
昔から、魚がいっぱい獲れれば漁村が賑わい、お金もまわる。
昔から自然と共に生きる海辺の暮らし。

宇田には、保育所と小学校と中学校があった。
子供たちが減ってきた  町と地区住民が学校の統廃合を話し合った。
住民は保護者に任し、その家族は子供たちの選択肢を重視して未来を考えた。
その結果、子供たちはスクール・バスで学校に通うことになった。
元小学校は、地域老人の福祉施設に改装された。 

漁村には漁村の過ぎてきた物語がある。
人が減ってくると寂しくなると思っていたがそうでもない。
人が多くいても寂しい人がいる時代に・・・?

by hama-no-koya | 2012-10-30 13:42 | Comments(0)
2012年 10月 29日

田舎のバス~(田部)

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田部のバス停には周りに家がない。
旧国道は、旧街道の拡張だからおおむね集落を結ぶ道になっていた。
新国道は、小さい集落を無視した道路筋になっている。
だから田部のバス停から集落まで住民は歩く。

山が海までせり出している海沿い国道  欠点は土砂崩れが多いこと。
梅雨時期になれば毎年のように数日間通行止めになる。
漁師は、山周りの遠道で魚を萩市場に出荷する。
いつもの倍の時間がかかる  病院通いの自動車も山道を迂回する。
マイカー通勤が多い田舎  務め人はいつもより早起きをする。
田舎の路線バスは、もちろん運休する。  

停留所の下にある海は磯場で、小さな入り江になっている。
昔は、入り江を漁協がアワビやサザエの保護区域として管理をしていた。
そんな時代には大きなアワビもいた サザエもゴロゴロしていた。
アワビは11月、サザエは7月頃に産卵する  そこは磯根資源のサンクチェアリだった。
今は、アワビもサザエも見ることは滅多に無い   同時に漁師も減ってきた。
自然磯の保護区域として何の意味もなくなった海。

減ったアワビの資源を再生するために漁師が本気になる。
磯の資源が減った原因は乱獲?  魚業規制でそれを防いでいる。
漁業組合員以外が、アワビやサザエを採れば密漁になる。
アワビやサザエの捕獲サイズの設定  操業日数や時間も減らしている。
アワビの種苗を漁師が生産して、自然の海に放流もしている。
いずれにしてもその効果は今一歩前に進めない。 

海沿いのバス路線は景色が素晴らしい。
観光バスでなくても  見慣れた景色に乗客はうっとりする。
海景色はバスから見ることができるが・・・
他人に見えない海事情もある。

by hama-no-koya | 2012-10-29 14:19 | Comments(0)
2012年 10月 27日

田舎のバス~(清ケ浜)

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海辺に出た田舎のバス。
白い砂浜と青い海辺が前方に大きく広がる。
清ケ浜は鳴き砂の浜辺  昔は浜のどこを歩いても砂が鳴いていた。
今は、浜辺の一部分しか鳴いてくれない  地球の砂が汚れたからだろう・・・?
鳴き砂は、砂と砂が擦れて音が出る  きゅ きゅ キュッと砂が鳴く。
デジタルでなくアナログで乾いた自然の音がする。

鳴き砂の浜辺を取り戻そうと、数年前に「鳴き砂復活隊」を誰かが結成した。
地道な砂浜の清掃が何年も続くが想うように鳴いてくれない砂。
そんな片想いの恋に満足する隊員もいた。
町役場が立ち上がった  一千数百万円もするビーチ・クリーナーを購入した。
機械の運用は、「鳴き砂復活隊」がすることにした。

「鳴き砂復活隊」の隊員が少ない  募集しても集まらない。
人集めをあきらめた  集まった人が隊員にしよう  隊員の数が徐々に増えた。
活動日は、毎月最終日曜日の午前中  誰でも何時からでも気軽に参加できる浜辺。
砂浜の清掃が主な活動になる  人と砂にふれあいながら。

近頃は、各種団体や小中高の児童生徒も砂浜を清掃をするようになった。
いい波が立つのでサーファーも多い  彼らも浜の掃除をして帰る。
遠くから浜辺のゴミを拾いにやってくる人  家族で参加する人たちもいる。
みんな美しい砂浜を未来に伝え残したいから。
誰のものでもない海辺なのに・・・。

田舎のバスは、木与の集落を過ぎて海辺の道を走る。
山が海までせり出した美しい海岸線を・・・。

by hama-no-koya | 2012-10-27 16:46 | Comments(0)
2012年 10月 26日

田舎のバス~(文化ホール)

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バスはJR奈古駅を過ぎる  阿武町の文教エリアが左手に見える。
保育園・小学校・中学校・高校が一箇所に立ち並んでいる。
小学校は、地元木材をふんだんに使った冷暖房付きの新しい校舎。
一見贅沢? 子供たちの元気な笑顔  過疎の住民は小学校の大切さを知っている。
子供は町の元気  地域みんなで子供を育てる。

学校の隣りに建つのが体育館と文化ホール  その隣りに交番と消防器庫がある。
絵に描いたような、理想の田舎町設計は偶然か必然か?
長年に渡り個々の補助金と予算を、計画的に使い描いた建物は町として素美できれい。
ひとつの町が完成するまで50年? ぶれない基本的な概念を感じる。

芸術や文化も過疎だが、なぜか文化ホールがある。
500席の小さいホール  演奏がクリーンでピュアに聴こえる空間。
ピアノは、住民が選んだスタインウェイのD-274が惜しみもなく常設してある。
住民からメジャーなアーティストまで熱くピアノを奏でる音楽小屋。
ジャズからクラシックまで何でもいけるが、中でも弦楽カルテットがいいね。
文化ホールの運営は大変だが、地道にエイジングを重ねるピアノとホールの響き。
サントリー・ホールがブドウ畑なら  阿武のホールは海辺の棚田。

今年で8回目になるが、ジャズ・コンサートを毎年開く。
信じられないメジャーなアーチストが国内外から集まる  なんで阿武町に?
始まりは、ニュポート・ジャズ・フェスタの夢見だった・・・ 田舎で暮らしても夢は叶う。
希望をあきらめないで、人が本気で動くから。

バスは標高39mの峠を超える 
車窓に、ジワジワと青い海がさりげなく開ける。

by hama-no-koya | 2012-10-26 16:28 | Comments(0)
2012年 10月 24日

田舎のバス~(道の駅)

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田舎の青いバスは、「道の駅阿武町」が始発。
全国に道の駅は多い  その発祥の地が、なんと「道の駅阿武町」です。
平成3年にテント屋台の社会実験が始まりで  翌年に今の直売所の建屋を整備した。
今から20年も前の話だが、数年前の出来事のように思える。
今思えば、道の駅がここまで全国に波及するとは思いもしなかった。

この駅で、定置網で獲れた地魚を売っている。
数時間前に水揚げされた新鮮な魚で、種類も多く客評判もいい。
魚係りが、地魚を知り尽くした目利きだから。
一匹買いもいいが、刺身にされたパックが手軽でお奨め。
休憩所や遊び場のお奨めは、港の芝生広場  住民が芝苗を植えた海辺の緑地。
「道の駅」本来の目的は、車移動のトイレと休憩所と食事ができること。
今は、それが直売所の売り上げ額になった?

阿武町の魚や野菜は新鮮だが・・・道の駅舎やコンセプト空間が時代的に古くなった。
来年から工事に入り26年の春には、新しい道の駅に生まれ変わる。
過疎の町として最後の大プロジェクトであり、ミッションでもある。 
地元野菜や魚を売る場所と休憩所が目的であろうが、地元コンサルタントの腕次第。
隈研吾建築都市設計のような駅は予算的に無理・・・?
東京「 ソラマチ 」のパクリで 阿武「 ウミムラ 」・・・どうですか?
田舎住民は新しい「道の駅阿武町」の巻き返しに期待する。

俺がこれまで観た道の駅で 高印象は高知県「梼原町の道の駅」だろう。
素人評価は、設計から接客まで全てに☆☆☆☆を付ける。
梼原には、支店の「まちの駅」まである ここのステーション・ホテルがいい。
売り上げや収支は知らないが・・・?

道の駅を出たバスは、国道191号線沿いにある奈古の町を走る。
高速道路から一時間もかかる町の国道。

by hama-no-koya | 2012-10-24 15:47 | Comments(0)
2012年 10月 23日

田舎のバス~(前説)

阿武町は、本州でいちばん西の端にある町。
数年前、周りの町が近隣の大きな市にみんなくっ付いて残ったから。
日本海沿いにある人口3千数百人の町で人が暮らす。
住民が合併しない独自の田舎町を選択したから。

田舎で暮らして、いちばん不便なことは交通だろう?
若者は自前の自動車で移動するが、老人には車の運転ができないから。
点在する集落  老人は住みなれた家で日々を地道に過ごす。
暮らしの中で、病院通いや買い物は欠かせない・・・。

海辺をJR山陰本線が走る  町内に宇田郷・木与・奈古と三つの駅がある。
昔は6両編成の列車が走り、通勤や通学の乗客で朝晩の車内は人が混んでいた。
今は、一つか二つ連結の列車が走る  哀愁と存在の汽笛を鳴らしながら。
運行本数は少なく乗客も少ない列車。
田舎の人が車で移動する  それに町の人口も減ったから。

お年寄りの家には車がない  JRを利用するには駅まで遠くてとても歩けない。
駅には段差がある  階段、券売機のパネルが苦手、時間に追われる・・・。
海辺のローカル線は、遠くから来た乗り鉄や撮り鉄ファンが利用する今。
鉄路はさびれても、街と村が何かでつながっている安堵。

高齢社会の過疎の町  身近で便利な乗り合いバスが走る。
本線の路線バスと支線のコミュニティ・ワゴンが田舎町を必要に網羅する。
田舎のバスはライフライン  幸せの青いバス。

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PS : 予告!!
阿武町の人口(9月末) 3,769人 (対前月比 -9人)
      内訳 : 死亡 10人  出生 0人
            転入  4人  転出 3人
この現状を「 田舎のバス 」にのせて、住民が短編ブログで表現します。

by hama-no-koya | 2012-10-23 09:11 | Comments(0)
2012年 10月 21日

神社のしめ縄

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毎年この時期になると神社のしめ縄を新調し掛け変える。
里山に収穫の秋祭りがくるから。
御山神社には、大小合わせると30本近いしめ縄が随所に架かる。
朝から神社の関係者が舞殿でしめ縄をなう。

稲ワラには茎の周りに枯れ葉が巻きついている。
短い葉や傷葉を取り除く  稲茎と長い丈夫な葉が縄の材料になる。
この選別作業を当地では、稲ワラを「ソグル」という。
ソグッたワラを束ね撚りをかけて、大径や小径の立派で強いしめ縄をつくる。
稲ワラの縄は、綱や紐として 暮らしの格用途に古代から使われた 。

昔は、海辺の棚田で獲れた稲ワラの大半は、定置網の縄材料になっていた。
今のように化学繊維のロープが無かったから。
網も小さい目は麻糸編まれていたが、大きな目は稲ワラで編まれていた。
海が荒れる冬場は、漁村の家々で朝から晩まで縄がなわれた。
稲ワラを丸太で打ち柔らかくして 手で撚りをかけ縄にする。 
漁村のそこらで ワラ打ちの音がする時代もあった。

村に稲作が広まったのは、稲が「 スーパー作物 」であるから。
稲の栽培は平地や中山間まで水さえあれば幅広くできる。 
単位面積当たりの食糧生産率が高いもあるが・・・副産物の利用にも優れているから。
稲ワラが家の屋根や縄になり、必要な暮らしの資材になる。
ムシロやコモ  ワラジ  保温材料  家畜の餌さ  土壁の材料・・と凄い作物である。
水田が、暮らし景観や保全にとっても欠かせない  長期保存、それに財源にもなる。 
美しい瑞穂の国  一昔前の話だが、稲は人類にとって最高の栽培植物だった。

時代が変わって、海辺の棚田とその周辺がだんだんと荒れてきた。
稲を作っても用途が食料だけになった 石油や石炭が「スーパー原料」になったから?。
集落営農や農業法人で米作農業を存続する地域もあるが・・・
それは農業として採算がとれる圃場だけ 海辺の棚田は管理費が高く耕作されない。
棚田は、漁師の自家消費米として作付けされるだけ。

秋になれば神様に新米を供え、しめ縄を新調し、収穫の恵みに感謝する。
そんな暮らしが古代から続いてきた。
棚田で獲れた、炊き立ての新米食べる今日この頃。

by hama-no-koya | 2012-10-21 06:27 | Comments(0)
2012年 10月 17日

秋の雨

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漁村に久々の雨が降る。
畑の作物や花壇には恵みの雨   田んぼの刈り入れには困る雨だろう。
稲刈りは晴れた日に限る  魚獲りは雨でも行う。
雨日の海仕事は雨合羽を着る それでもどこからともなく体が濡れる。
一日の天気で変わる田舎仕事とその暮らし。

秋雨の漁村には人影が無い  骨休みといって家でのんびりしているから。
雨日が秋の休日になる  カレンダーと関係なく。
疲れが溜まった体を休めることを、「 骨休み 」と昔からいう。
反対に、「 骨折り損のくたびれ儲け 」という忙しい言葉も漁師にはにある。
骨が体を支えているから? 
揺れ動く気持ちの中で、ぶれない芯がないと暮らせない田舎。

昼前に漁から帰った  アジの刺身で昼飯に一人焼酎を軽く飲む。
暮らしの中で大切な至福の時間。
秋雨に濡れた漁師  ささやかな贅沢が昼寝の時間につながる。 
外は雨  心地よい身勝手な昼下がり。

晴れた日は、仕事に追われる秋。
雨の日は、ネズミ色の漁村にこもりなんとなく過ごす。 
晴耕雨休の午後。 

この雨が、いつかみぞれに変わる日がくる。
だから今を楽しむ  漁村で。

by hama-no-koya | 2012-10-17 10:26 | Comments(0)
2012年 10月 15日

全国鳴き砂サミット

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くりかえす小波の音が聴こえる写真。
島根県の仁摩で開かれた全国鳴き砂サミットに行ってきた。

「琴ケ浜」の砂は、とても良く鳴く砂浜。
 キュッ キュッ キュッ  午後の砂浜を夢心で歩いた。
全国の鳴き砂を掃除する多くの仲間が 砂にひかれて集まった。
鳴き砂の話をするために。 

全国には30余りの鳴き砂の浜辺がある。
私の町にある「清ケ浜」も鳴き砂の浜辺だが、思うように鳴いてくれない。
昔は鳴いていた  何がどうなったのか今はほんの一部分が鳴くだけの浜辺になった。
昔の鳴き音を取り戻すために活動を何年も続けてきた。
鳴き砂を未来に伝えていくために。
こつこつと地道な活動をする・・・  人が浜辺に流れ着くゴミを拾う。

ある年、仲間と「鳴き砂復活隊」を結成した  隊長はとても熱い人。
昨年は、津波の被災地である気仙沼の浜辺で・・・ 変わり果てた海辺を見た。
今年の「琴ケ浜」は、とても穏やかな浜辺だった。
よみがえってほしい北の海辺。

砂に対する優しさが  人に対する優しさに変わる。
ある歌い手の女氏が言った  鳴き砂サミットは、恋人たちの集まりだと。
恋を忘れた漁師が 気がつかない恋を今している。

夢心になれる  幸せを感じる鳴き砂の浜辺だから。
小春日和の琴ケ浜を仲間と歩いた秋旅。

by hama-no-koya | 2012-10-15 16:59 | Comments(2)