浜の小屋

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2013年 08月 30日

雑魚の夕食


これが今晩食べる魚。
仲間会食なのでお金をかけない あるもの食材。
その日に獲れた半端魚を寄せ集めた。

カンパチ・サワラ・カワハギ・アオリイカの子供
アイゴ・アカエイ・しっぽのとれたタチウオどれも流通D級食材だろう。
料理する人・食べる人は、若い街女子の体験夜会。


彼女達はこれらの食材を生かして にぎり鮨に正面からトライした。
魚料理の人気メニューで制作の難易度も高い。
調理の手つきは素人、 出来上がりは想像を超えて、まあまあの鮨となった。
感性と感覚と興味で魚料理の作品を造った普通の街女子。
タイトルは、やれば出来る女子の魚料理。
収穫は美味しさと達成感。

気になる味は 珍もでも・可もなく・不可もない普通の魚味。
見方によれば。魚の個性が強いだけのこと。
食べる価値はあるが 無理して食べることはない海食材。
それでも無性に人を引きつける。

魚食が普及しないのは 調理に手間がかかるから?
臭い・気持ち悪い・危険・難しいなど負の要因が多すぎるから?
克服するにはハードルが高かすぎる先入感。
世間では雑魚は下手物扱いだろうが、魚はマグロやサケやイカだけではない。
無理して食べろ!とは言わないが、これらも列記とした魚です。
売れない商品だからから流通しないだけのこと。
漁師は日頃から食べている普通の魚。
深海魚ほどグロではない。


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今回の雑魚の夕食は、なんとなく社会実験のようであったが
試す側より 試される側の方が興味を楽しんだ?
なんの意味も無い夕食だが・・・

一つだけ言えることは、現地へ行かなければ 食べれない。
現地に行かなければ 手に入らない物産。
宅配業界の努力で、都会に居ながらにして田舎が味わえるが・・
昔は、魔女が運んでいた田舎から街への贈り物。


市場経済や美食の反対側にある空間。
特産品開発でもなんでもない 昔からの漁村文化。
救世主でも潜在能力でもないもの。
そっとしておきたい物や場所が海辺にはある。

過疎の町 そこだけの美味しい夜話でした。

by hama-no-koya | 2013-08-30 11:33 | Comments(0)
2013年 08月 26日

夜明けの豪雨・・・



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夜明けに この夏二回めの大雨が降った。
豪雨の傷跡が癒えないうちに。
それでも陽は西に傾く。

前回の豪雨で決壊・仮補修した小川の土手が またやばくなった。
濁流が土嚢の土手を越えて流れる・・・
地区の消防団員が出動する。
床下浸水一戸で、なんとか被害を食い止めることができた。
団員の活動もあるが 大雨が小雨になったから。
お昼からは晴れる 手の平を返したような雨上がりの天気。


夕陽の沈む方向に見島が見える。
我が家から 漁船で一時間と少しで行ける南日本海に浮かぶ島。
近くに八里ガ瀬という好漁場がある。
20年くらい前に 50キロぐらいのクロマグロを釣ったことがある。
自己の釣り歴で最大の大物だろう。
昔の話だが、忘れることのない 今では近い思い出。

見島周辺でイカ釣りもしたが、今は漁場が遠くに思えるから行かない。
船の老朽化と自分のやる気のなさからだろう。
仮に行っても 魚資源の減少で水揚げの保証がないからそうなる。
今は安定した定置網漁を本業にするようになった。
同時に経費のかからない素潜り漁を兼業にしている。
海仕事の冒険は、確率とチャンスでする時代になったから。
漁師の大航海時代はとっくに終わった。
燃油が上がり 魚も減ったし 大海の主権が厳しい時代。
帆を張って風で走る船 順風満帆の海仕事?
田舎漁師も経営を考える時代。


沈む夕陽のその先に 大きなユーラシアの大陸があって・・・
その大地の終わりが ロカの岬
そこが海の始まり。 ・・・意味不明だが好きな言葉。
雨上がりのいつもの夕暮れ。

by hama-no-koya | 2013-08-26 04:12 | Comments(0)
2013年 08月 22日

南日本海のカツオ



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日本海でもカツオは獲れる。
量は多くないが 5月頃から年の暮れまでぼつぼつと。
盆前に3キロ前後が50匹ぐらい獲れたが、ここにきて姿が消えた。
日本海のカツオは気まぐれだから・・・
巻き網漁や一本釣り漁は、カツオの魚群を追いかけて漁をするが・・・
大敷網漁は、カツオが来るのを待つだけだから。


今朝の漁はイカが少々とカンパチとサワラの子供で 良くなかった。
毎年この時期になると 暑さのせいか不漁が続く。
そんな中で獲れるのが カジキやカツオやコシナガマグロだが・・・
お盆が過ぎてから これらの魚も全く獲れない。 
群れて移動する魚だから 獲れない 獲れるが両極端のカツオ類。

大敷網は一年中同じ場所で、網に迷い込む魚を獲る漁法。
だから魚が回遊してこないかぎり 漁はない。
それでも毎日 大なり小なりの魚は獲れる。
そのうえ獲れる魚の種類も豊富。


昨年、旅先の枕崎・高知・気仙沼とカツオを食べた。
どれが一番は難しい 魚の個体差があり、獲れた場所と時期がちがうから。
写真の中から 自分が食べるカツオを選ぶと どの魚にする?
基本は味も値も良くなるが、丸くて 太くて 大きい魚。
感覚的には美形で色艶のある魚。


最初に食べたのが高知で・・・
いちばん最後に食べたのが、11月下旬の地元で獲れた 戻りカツオ。
「もどり」とは、春から初夏に北上して秋から初冬に南下するカツオの回遊から。
ブリも北上して南下するが、寒ブリの売言葉は一枚看板。
カツオは、「初鰹」と「戻り鰹」の二枚看板で二度楽しめる全国区の魚。

日本海の「もどりカツオ」は脂がのって丸々している。
ワサビ醤油単品の刺身も行けるが 
ネギ・生姜・ニンニクを降りかける ざっくりとした炙らないカツオの刺身が一押し。
ニンニクは土佐風で輪切りのスライス それにレモンをしぼりかける。
主役のカツオも美味しく、トッピングのキャステングが料理を彩る。
見た目ペルーのセヴィーチェに近いが純和風。

夏のカツオも食べるが 寒くなってのカツオは 丸々太り脂ものってくる。
美しいプロポーションから想像できる味。
魚にミスコンがあったら 名実ともに「戻りカツオ」がグランプリだろう?

明日カツオが食べたいと思っても 確実に食べれない。
カツオが獲れなかったら リクエストに応えることができないのが残念。
カツオの回遊は 気ままなので当てにならない魚。
南日本海のカツオはそんな魚。

戻りカツオには少し早いが・・・
自分で獲った魚を自分で料理して食べる漁師。
トレイサビリティもフィードマイレージも関係ありません。
いつ食べてもカツオは美味い。

by hama-no-koya | 2013-08-22 04:43 | Comments(0)
2013年 08月 18日

お盆の終わり



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漁村のお盆は、13日に先祖が海からやってきて
16日の早朝に海の向うに帰る。
実家では、仏壇を飾り野菜や果物を供え提灯を灯し先祖を迎える。
御一行様は懐かしい家で、時を越えて一族で過ごす。
3泊4日滞在型の空像の旅は いつか見た青い空が広がる。
スクリーンのない身近な物語。


その昔は、先祖の乗り物は麦わらの帆掛け船だった。
家族は、麦わらを束ねタイム・マシンのシャーラ舟を造った。
海辺の段々畑に麦を植えていたので 船の材料が豊富にあったから。 
船の大きさは2mくらい 食料のダンゴや野菜や果物と水を満載して船出した。
船は陸から海に吹く 朝風を満帆に受け遥か西方の帰路につく。
家族は、先祖の長旅を浜辺から見送った。
16日の早朝、漁村からシャーラ舟が何隻も船出した。
過去と現実が入り乱れるお盆。


今は、別れの朝お供えを物を岸壁から直接海に納めるようになった。
麦を作らなくなって、船の材料が無くなったから。
別の材料では舟を造れない 船体が丈夫すぎていつまでも海上を漂うから。
麦わら舟は消滅も早い 船舶と衝突しても大事に至らない。
海辺の麦畑が消えて40年近くなる。 
西方に帰る船は無い 家族は夜明けの海を見て 先祖を空想で祈り見送る。
簡素化された田舎の風習。

船の別れは涙を誘う ゆっくりと離岸するので切ない・・・
今は乗り物はスタートダッシュが良くなった。 そのうえ窓も開かない。
旅立ちの瞬間や 別れがクールになった。
早さと安さを競う旅 そうでない真逆の旅もある。

お盆を過ぎて漁に出ると 海にスイカや茄子が浮かんでいた。
お盆のお供えを海に流したから。
拾えば食べられそうだが 漁師は拾わなかった。
先祖へ供えたものだから。


昨年、妻が西方の地へトレッキング行った。
聖地は、ネパール山奥のヒマラヤで とある湖だったと聞く。
また西方に行きたいと言い出した 次はポカラから山を越てチベットへ・・・
その昔、旅人(僧侶)河口慧海が歩いた道らしい。
妻が言うには 最終の目的地は聖地カイラスのお山らしい。
・・・お好きにして下さい。



夏の盛りに 仕事を4日間も休む癒しの風習がお盆。
これを境に身も心も過ごしやすくなる。


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by hama-no-koya | 2013-08-18 15:12 | Comments(0)
2013年 08月 15日

ヒューマンツーリズム




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観光資源のない田舎町に、観光客をよぶプロジェクト?
「阿武町グリーン・ツーリズム推進協議会」を立ち上げて数年が過ぎた。
あれこれやったが、鳴かず飛ばずで影がうすい。
目的があいまいなのか、資源がないのか、それとも力不足なのか・・・
周囲や内輪から費用対効果や存在が問われてきた。
補助金頼りや場当たり企画もあり、残らないつながらない。
農山漁村に潜在するツーリズムの資源は少なくその存在や価値は低くい。
しかし数字に出ない、幸せみたいなソフト効果は感じる。
効果や結果が表に出ないからあきらめるのでなく、無いからこそ考えてみたい。
そんな中に何かぼんやり見えてきた。
それは寝ている資源や地域を手当たりに起こすことではない。
触れずにそっとしておきたいこともある。
必要最小限の田舎町だから。


これまで街の中学生の体験民泊や各国からJICA研修生の民泊を受け入れた。
場数は多くないが老若男女から外国人まで旅で交流をした。
国内外の有名アーティストの集まるジャズコンサートも十年十回続けてきた・・・。
鳴き砂の浜辺に清掃で集まる人々。 田舎への移住相談ツアー。
漁師民宿に集まる旅人。 漁村そのものを美術館に見立てた「尾無美術館」。
旅人たちが勝手に過ごす海辺の空間。 漁港での雑魚釣り。・・・
単発での経済効果は少ないが波及の手軽さとそのままの日常と内容が売りになった。
旅人も受け入れ双方の満足はあってもいくつかの課題は残る。
これまで農山漁村の体験ツアーやありきたりの田舎旅企画をいくつかこなしたが、
斬新さや阿武町らしさを表現することができなかった。
そんな惰性にも、ぶれないものがありこれまでなんとか回り続けてきた。
あきらめや過渡期とは思わないがかえりみる。
訪れる少ない旅人や過疎化する地域に愛着を感じたから。
過ぎてきた企画や生き方に無駄はなかった。

ある時「何も無い」をテーマに田舎旅を街で売り出すことにした。
福岡からの乗り合いバスツアー。
婚活目的のバス旅で行き先は何も無い海辺の田舎町。
募集は、福岡のエージェントにお願いした。
企画の段階で「何も無い」が売り言葉では人が集まらない?と
エージェントからコピーにNGが出た。
仕方なく「バス恋・田舎ツアー」にタイトルを変更した。
田舎町のツアー・コーディネーターは不満だったが旅の業界を垣間見た。
襟裳の春は何も無い春。の意味を分かってほしい。
お願いや傘下に入れば個性は薄れる。人の想いをビジネスで割り切る。
軒下を貸して母屋をとられるような街目線の企画だった。
それは田舎の特色を失うことにもなりかねない。

旅の当日、博多駅に26人の男女が集まった。
一泊二日・食事付きのバスツアーがモニター価格の大安売りで数千円で。
添乗員は阿武町の現役漁師、貸し切りだがオムニバス。
ハグ別れの感動ツアーだった。それは楽しくても次がない旅の企画に終わった。
田舎を活性化する補助金を活用したから。
阿武町の売り込みが目的とはいえ結果は考えが甘かった。
参加費が安かったら旅が売れた。収穫は3名の女子が阿武を再訪した嬉しさだけ。
これがコンビニもない阿武町企画のツーリズムの現状。

砂金が出なくなればゴーストタウンになる。
砂金が出れば田舎町にも人が集まると思うが受け皿が・・・。
人が集まれば陰で失うものもある。

グリーンツーリズムの始まりはヨーロッパの産業革命ごろらしい・・・
中産階級の人々が余暇を農山村で過ごした。
我が国も江戸時代からツーリズムのかたちがあった。
庶民が積み立てをして、富士山や伊勢や善光寺への長旅をした。
表向きは信仰やお参りだが、かたちは旅行。
海外の巡礼とは異なり旅酒を飲み、名物を食べて、観て、道中を楽しんだ。
エステやプールもない旅籠や宿坊、それも移動は徒歩で。
農民は収穫が終わると湯治場でのんびりと日頃の疲れを癒した。
バカンスでもないリゾートでもない長期休暇や滞在の旅。
帰省や薮入りも泣けるツーリズム。
先人達は、暮らしの中で治療や信仰と称し癒しの旅をした。
時代や体が休暇を自然に求めていたから。 
そして紀行や俳句として風土に旅の感性を今に居残した。
体は疲れても思いは残る旅。
これが古くて新しい日本型のツーリズムと感じている。

そのままでも美しい日本の田舎。
漠然としたヒューマンツーリズムかも知れないが・・・
田舎で暮らしながら旅人を受け入れる。






by hama-no-koya | 2013-08-15 21:51 | Comments(1)
2013年 08月 11日

加州丸



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30年前ぐらいに造った船だが今も現役。
船の名前は加州丸。

あの頃、カルフォルニアに憧れていたから夢を船名にした。
歌にもある「夢のカルフォルニア」で ママス&パパスが歌っていた。
今も曲が良いと思うのは ぶれない想いがあるからだろう
なつかしいとは思わない。
進水当時、漁師仲間は船名の意味が分からず 何これ?だったが・・・
今では、すっかり地元に定着した 漁村ではなじみの船。
過ぎて来た 若気の一人話。


海に船を浮かべていると船底にカキや海藻が付着する。
見た目も悪いが 水との抵抗が増し、船の走りが悪く燃費も悪くなる。
年に一度は、船を陸揚げし掃除をして船底塗料を塗り替える。
暑さの中で 毎年メンテナンスの作業をする。
大敷網で使用する船(19トン)は、大きいので造船所のドックに入れるが
加州丸は小さいので自分で港内施設に陸揚げする。

加州丸は、一本釣りと素潜り漁に使う。
昔は、ヒラメも多く釣れたし、サザエもアワビもいっぱい採れた海。
昭和から平成に変わる頃は、水揚げも全盛期だった・・・
今は、ヒラメもアワビも極端に少なくなった。
海洋環境の変化もあるが 人が資源を獲り過ぎたからだろう。
昔は冬の海には潜れなかった ウエットスーツを着れば年中潜れる今。
漁具や漁労機器の進化で より水揚げは増えたが
長い目で見れば 漁師が儲からなくなった。

これからは 憧れで漁師になりたい人には厳しい話。
ロマンで飯が食える時代ではない・・・
カリブの漁師、サンチャゴ老人の話は過去の遠い物語となったが
それでも漁師になりたい人はいる。
日本海にも大きなカジキはいる 昨日も大敷網で獲れた。
マグロも数は減ったが、たまには獲れる。
でも海は広いが 魚のいる場所はそんなに広くない。
海経済も蛋白資源から鉱物資源の価値観へと・・


漁をするには道具が必要、船が無ければ始まらない。
だから暑くても船の手入れをする漁師。

・・・つぶしのきかない海の暮らし。
海の始まりは ロカの岬。

by hama-no-koya | 2013-08-11 22:33 | Comments(0)
2013年 08月 08日

田舎で大切なものは なんだろぅ・・・




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なんでもない海辺の日暮れ
何十年も同じ海辺で暮らす地元の人
眺めることも感じることもない いつもの夕暮れ。
旅の風景でなく 暮らしの風景。
いつものように たそがれる静かな漁村。


何かが観たくて 旅に出ることがある。 
知らない所へ行ってみたい それだけの旅もある。
無目的で のんびりしたい旅。
海辺の小屋で過ごした 夏の思い出。


田舎の価値観なんて 人の感性で決まるもの
田舎の人と街の人 遠く離れていても共感できる何かがある。
なんでもない海辺なのに 妙にやすらぐ。
その空間に人が溶けこむ。


田舎で大切なものは なんだろう・・・? 
人が肌で感じるもの。

by hama-no-koya | 2013-08-08 22:44 | Comments(0)
2013年 08月 06日

神社の裏山が崩れる。



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御山神社の裏山が大雨で崩れた。
お札を納める社と焼却炉の裏手の山が・・・
本社屋への被害は無かったが 大量の土砂が境内に崩れ溜まった。
暑さの中、神社の関係者で土砂の搬出をした。
業者に外注する手もあるが 昔から氏子がで汗水を流す神社。
村人で支える田舎の神社。




神社の裏山は照葉樹の自然林で、大きな椎木が繁茂する。
鎮守の森として今も手つかずに残る深い森。
昔からサンクチュアリのようなもの。
田舎らしさが無傷で残る。

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作業に集まった十数人はみんな高齢者。
そんな中に高知からやって来たボランティアの若者が一人いた。
人手不足を知って自ら手伝った。
手に豆を作りながら 慣れない一輪車を押した。
額に夏の汗が流れる。

御山神社の氏子総数は約100戸。
その多くは高齢者で、祭りや神社の維持管理をする。
それは何百年と続いてきた集落形態。
大切な集落の遺産でもある。

いつまでも残しておきたい風景の一つ
美しい海辺の里山。





 

by hama-no-koya | 2013-08-06 16:07 | Comments(0)
2013年 08月 02日

夏休みの体操

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今年の夏休みは いつもとちがう。
大雨が降って 周辺が大きな災害になったから。
いまも後片付けに忙しい地区がある。
地形や何かの条件で、集落や家庭の明暗が分かれる。

水害から今日で5日目になる。
私が暮らす漁村は水道も復旧し ほぼ元の漁村に戻ったが・・・
周辺の被災地は水こそ引いたが 片付けはまだまだ。
災害後初めての週末になる 明日は多くのヴォランティアが入るだろう。
真夏の災害地は過酷で熱中な作業になる。
雨上がりの日差しは強烈。
無理が無いように活動してほしい。

これから何かがしたい人へ
ボランテアの初心者は、ボランティア・センターに問い合わせる。
現地の状況は。ドロドロもあれば ホコリも予測できる?
聞く場合、電話は簡潔に短く。
個人繋がりもあるが、当日は現地のセンターで受付する。
そこで配属や情報が収集できるし 保険の加入も?
ボランティアの原則は 痛まない手弁当・・・。
俺なら袋入りウィダーと凍らしたペット・ボトル水を持参する。
水は捨てるほどあっても 水が貴重な水害現場。
現地支給はあくまでもご好意 自分のことは自分で・・・
できたら自立したい。


漁に出たが、川から出た水の影響で潮流が変化している。
漁の方も思わしくない。
・・・漁に出れるだけでも良いと思う。

何年か前に福井県の海辺で 20日間近くボランティア活動をしたことがある。
ボランテアが活動している環境の中では地区民は働けない・・
週に一度ボランテアの休日が出来た。
ボランティアと地元が共生することができた。
復興が長期や大勢になると・・・
ボランティアをサポートするボランティアも必要になる。

美しい郷土は国のたから
変わり果てた小川 それでも夏蝉は元気に鳴く。
自然の脅威と優しさが重なる夏。

by hama-no-koya | 2013-08-02 21:30 | Comments(0)