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2014年 07月 29日

コシナガマグロ (2014)




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今年もコシナガマグロが獲れだした。
その数は例年より少ない。

夏になると毎年コシナガマグロやって来るが、昨年は絶不漁だった。
豪雨で大量の泥水が海に流れ出したからだろう。
あの日から網に流木は掛かってもマグロは一匹も獲れなかった。
豪雨災害で沿岸の環境が変化した。
あれから一年が過ぎ、どうやら夏の海に戻ったようだ。
それは獲れる魚で分かる。
巻き網漁や釣り漁は魚群を探して操業ができるが・・・
定置網漁は、漁場が移動できない。
魚が来るのをただ待つだけ。

コシナガマグロは体に横輪もありクロマグロに似ているが・・・
マイナーな小型のマグロで市場人気は今一歩。
味はクロに比べれば淡白で夏マグロとして刺し身も美味しいが
ネギと ショウガとニンニクをまぶして食べる
マグロのタタキ風が漁師のおすすめ。

夏には夏の魚が獲れる。







by hama-no-koya | 2014-07-29 05:17 | Comments(1)
2014年 07月 27日

海辺の田圃




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昔は海辺から山の中腹まで田んぼがあった。
今は田んぼが減り海辺の里山が変わった。
不便な棚田を作る人がいなくなり田圃が草薮になったから。
それでも山の田圃を作る人がいる。
毎年のように。

山の田圃は日照りが続くと水不足で沢や湧き水が枯れる。
有害獣のイノシシやサルが田圃を荒らす。
田植えや稲刈りの手間がかかり痩せ地で収量も少ない。
それが田んぼの耕作を止める大きな理由。
生産者の米価が安いからではない。


昔は職業欄に「半農半漁」と書いた我が家。
米を作りながら漁をしたから。
今は漁師と書く。







by hama-no-koya | 2014-07-27 21:25 | Comments(0)
2014年 07月 25日

漁村のBBQ




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夏の夕暮れを楽しんだ。
仲間と飲んで食って話して仲間と過ごした。
漁師と街の自然交流。



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食材は漁師仲間が持ち出した。
イシダイ・イサキ・アイゴ・サザエ・ウニ・アカエイ・・
そんな中にホタテが加わった。
宮城県十三浜の仲間から届いた特大のうれしいホタテ。
何はともあれ、飾らない 漁村の飲み会。
ここは牡蠣小屋ではない。

なつかしい人にも会え、新しい出会いもあった。
東京から駆けつけた女子もいた。
ここだけにしかない漁村企画でなく日常の延長。
お互いの気持が時として流れる。

漁村のたそがれ。







by hama-no-koya | 2014-07-25 05:06 | Comments(0)
2014年 07月 22日

宇田の漁港




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数年前まではこの場所で朝と夕方の2回セリ市場が開かれた。
魚を売る漁師も買う仲買人も便利だった。
漁協が合併してから宇田漁港でセリ市がなくなった。
今は漁師が獲った魚は箱に詰めて保冷車で萩の市場に出荷される。
時代の流れで魚の流通まで変わった。

昭和から平成に変わる頃は岸壁が荷揚げの船でにぎわった。
水揚げの魚も漁船も多くそれに漁師も多かった。
魚の値段も高く一匹が5万円もするヒラメを釣ったことがある。
イカも多く獲れたしタイも今より釣れた。
漁村の市場に活気があり地域経済も好景気だった。

今は魚の値は安く、タイやヒラメやイカの水揚げ量も落ち込んだ。
反対に高くなるのは燃料の軽油と資材と漁師の年齢。
これが浜の現実かも知れないが愚痴ではない。
漁師は今日が駄目でも明日は大漁になることがあるから。

水揚げを待つ市場の扉
気がつけば漁師になって30数年が過ぎた。
潰しのきかない漁師。



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by hama-no-koya | 2014-07-22 05:09 | Comments(0)
2014年 07月 19日

海辺のお堂




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漁村の堂は神様の御旅所
春の祭りと夏の祭りの年二回神様が御泊まりになる旅の宿。
数年前に村人の寄付により再建された。

漁村の神様は棚田道を登った御山神社に普段は祀られている。
祭りには漁村に神社の神様を御迎えする。
神様は神輿に乗られて漁村まで降りられる。
日暮れに着かれ、翌日夕刻にお帰りになられる一泊二日の旅。
神事は到着と出発時の二回行われる。

漁師にとって氏神様への信仰は深い。
海上安全や大漁が暮らしの繁栄でそれを氏神様に祈願する。
昔から漁村に伝わる重要な習わし。

数年前までは村人が神輿を担いで神様を御運びしていた。
棚田や海辺の道を二列縦隊で進んでいた。
今は軽トラックに神輿を乗せ道中を移動される。
神輿の担つぎ手がいないから。

祭りは行事でもあるが
古くから漁村に伝わる大切な文化でもある。
暮らしの真面目さを感じる。



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by hama-no-koya | 2014-07-19 05:11 | Comments(0)
2014年 07月 16日

バフンウニ




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6月の10日から7月末までがバフンウニの漁期
素潜りで採るが、今年のウニ漁は例年になく不漁のようだ。
毎年夏になるとウニ漁に追われる。

バフンウニの原形は馬の糞に似ていることから
漁村ではウマグソとも言う。
山口県北部の漁村ではウニと言えばバフンウニを指すぐらい。
ムラサキウニやアカウニは村ではガゼとよぶ。

海から採ったウニは殻を割って身を取り出す。
黄色い身の部分を選別して漁協を通じ加工屋で瓶詰めにされる。
殻を割る人、中身を取り出す人、内蔵を選別する人の流れ作業になる。
鮮度を保つために手際よく短時間でウニを処理をする。

バフンウニは、昔から瓶に詰めアルコールに浸けられる。
保存するための加工方法だろう。
味はバフンウニ瓶詰めの個性が強く珍味に近い価値観がある。
価格は捕獲と加工に手間がかかるので安くはない。
それでもバフンウニは隠れた人気。
 
バフンウニの処理風景は漁村の期間限定の風物だが
出漁日が規制され水揚げ量は少ない。
ウニの資源を漁師が管理しながら操業する時代。



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by hama-no-koya | 2014-07-16 05:18 | Comments(0)
2014年 07月 13日

漁村のBBQ




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漁村に緑の広場がある。
芝生ではなく雑草を延びないように刈り込んだ海辺の広場。
漁村の海辺が荒廃しないために。
仲間が月3・4回のペースで適当に草刈りをしている。
蔦のからまる漁具倉庫。

ある日突然、この草地を何かに生かしたいと思った。
そうだ仲間を集めてBBQをやろう。
漁師とその仲間で獲った魚や貝を焼くシーサイドガーデン。
単純な思いつきで筋書きの無い漁師企画。
集まった人が会員の会費制。
会則は無いが、漁村のローカル・ルールが守れる男女。

目的やコンセプトは無題で後からついて来るだろう。
地元漁師がホストで数人参加するから
あまり難しいことは言わないで、聞かないで下さい。
収容定員は限定で約15人ほど。

焼く食材は地元で獲れたものに加えて
いつか食べたことのある宮城県産のホタテも取り寄せたい。
BBQで漁村の夕暮れを食って加減に過ごす。
単なる漁師の思いつき。



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by hama-no-koya | 2014-07-13 05:21 | Comments(0)
2014年 07月 10日

田舎の中学校




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何年か前に母校の中学校が廃校になり解体された。
建物の老朽と生徒の数が減ったから。
跡地は何年も空き地だったが
過疎の田舎に新しく2戸の公営住宅が完成した。
一戸は入居者が決まったが、残りの一つは今も空いている。
誰か田舎で暮らす人は居ないのか
問い合わせはそこそこあるらしいが・・・
入居規定があるらしい。



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最後の授業を生徒が黒板に書き残した
お世話になった中学校に別れをつげる日の予定表だろう。
黒板に残された色物のチョーク。
「3月26日 金曜日」がドキュメンタリーのタイトル
あっけない長編の幕切れ。

ヤシの木が残る元中学校の庭
過疎の田舎にあえて公営住宅を建てる意味は大きい。
移り変わる田舎のリレー。



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by hama-no-koya | 2014-07-10 05:11 | Comments(0)
2014年 07月 09日

田舎の小学校




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何年か前に母校の小学校が廃校になった
地区の子供が減ったから。
建物は残り、老人の福祉施設にリノベーションされた
地区の老人が増えたから。
箱の使い回しだが時代の理にかなう。
通常は解体もしくは倉庫。

中庭にウッドデッキが広がる元小学校の洒落た近代建築。
建物内に音楽スタジオや茶室やカフェを備える。
福祉施設なのに暮らしを感じるスタイル。
里山の環境にも配慮し、且つ斬新でありながら親しみやすい。
誰がデザインしたのか素晴らしい設計理念。
世界に自慢できる町のリノベ建築。
田舎の建物も建築家を探し求め選ぶ時代になった。
次の世代へ残る遺産だから。


子供たちの面影を壊さないで
「宇田小学校」が「ひだまりの里」に様変わった。
地区住民が望んだから。
空き部屋がない老人福祉施設の現実。
独居にも限界がある。



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by hama-no-koya | 2014-07-09 05:08 | Comments(0)
2014年 07月 08日

尾無公民館




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数年前、新しくなった漁村の公民分館。
漁村で暮らす人が減ったから。
無駄がなく納まりが良く今風に建て変わった。
エアコン付きでトイレは水洗になり衛生的な調理場まである。
集会所でもあるが防災や健康の集落拠点になる。
明るい漁村の建物。



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数年前に解体した古い公民分館。
赤い石見瓦の二階建で壁一面に黒い焼板が張られていた。
漁村も人が多くにぎやかだった。
大敷網の事務所や作業場も間借りしていた。
家の前に大敷網で獲った大漁のブリが無造作に並んだこともある。
あのころは海の資源は豊かだったが暮らしは質素だった。
過ぎてきた漁村の古い公民館。



漁村の公民館に集う年輩の村人。
見掛けは年寄りだが田んぼや漁に忙しい現役の人たち。
年はとっても自分の体力で仕事をする。
年金が少ないからでなく、染み付いた伝承で体を動かす。
笑顔がちらつく午後の日溜まり。

今のこと 過ぎてきたこと これからのこと。
いつも決まっていない話題。
この集落で生まれ育ち共に年を経てきた仲間たち。
みんなの気心は知れている。

のどかな午後の道端。
やがては別々で病院や福祉施設の世話になる仲間たち。
幸せでもさけれない目先の田舎ぐらし。

日溜まりの彼らに暗さは無い。
自立しているから。


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by hama-no-koya | 2014-07-08 05:10 | Comments(0)