浜の小屋

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2014年 12月 27日

町民音楽祭




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3500人の町に文化ホールができて20年近く経つ。
500席足らずのクリーンな音楽空間。
常設のピアノはS社のD274。
年数の割に使い込まれていないようだ。

このホールで毎年、町民の音楽祭がある。
出演者は近隣の老若男女。
上手な人から一生懸命な人まで様々の演奏。
田舎町にも音楽愛好家はいる。
その数は少なく、毎年盛り上がりが今一歩だった。
それでも毎年開催した。

別府の音楽祭は16回目で、阿武町音楽祭は17回目になる。
別府とは全く関係ないが参考にした。
今年は、メジャーなピアニストの演奏を入れよう。
その企画が見事に実現した阿武町音楽祭。
とあるアーチストがこころよく出演を引き受けたから。
田舎者の無理な想いは通じた。

オープニングは小学校生全員による太鼓の演奏。
全員とはいっても十人ぐらいの編成。
小学校は町に二つある小さいほうの学校。
もの凄い気迫の演奏だった。

そんな中に世界的なピアニストの演奏が入る。
プロコフィエフのトカータ
リストのラ・カンパネラ
ショパンの英雄ポロネーズ
約20分間の短い熱演だったが皆大満足した。
子供たちは唖然とした。
アウトリーチの意味は大きい。


若いころ街で暮らしたことがある。 
新宿のデーパート裏にあるジャズのライブハウス。
大通りにあった厚生年金の大ホール・・・
始まりはその辺だった。
田舎町のジャズフェスタに世界からアーティスト集まった。
そのビックコンサートは十回で終わった。
田舎町を支援していた大手企業が撤退したから。
これで終わったわけではない。

今年は、念願の赤坂で開かれた街の「夜会」にも行けた。
田舎で暮らしても音楽がそばにある。
音楽は場所や年齢を選ばないから。
個人の趣味かもしれないが集まれば地域を巻き込む。
過疎の町だからこそできる企画。


生涯忘れることのできない音楽祭だった。
企画から進行まで素人ながら完璧。
田舎町にあるコンサートホールの内容ある運用。
田舎でも本気でやればできる。







by hama-no-koya | 2014-12-27 05:20 | Comments(0)
2014年 12月 22日

干物




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漁村では晩秋から冬先にかけて多めに干物をつくる。
アジ・サバに限らずカマスやイサキと小魚をなんでも開きにする。
魚を開くのは、食べやすさや乾燥と塩の効き具合から。
冬場の自家用保存食として昔からそうしてきた。

この時期の干物は、気温と風と湿度と日差しが干物づくりに最適する。
水が冷たくなると加工過程で鮮度が落ちない。
夏場も干物はつくるが、紫外線や気温や湿度が高く気をつかう。
ハエやカラスや猫もひんぱんに活動する。
魚の干物は季節によって出来上がりが若干変化する。


干物の開きには腹割りと背割りがある。
昔は背割りが多かったが近年は腹割りが主流となる。
魚を腹から開くと、あばらの小骨が簡単に除去できるから。
小骨があるがら魚が嫌いの人もいる。
腹割りは切腹のイメージがあり武士が嫌ったの説があり、
一方では腹を割って話すの説もある。
真相はどうでもいいこと。
漁村では関係ないが、それが商品名になると一利ある。
そこらの干物も洞察すると面白い。



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漁村にリアカーの上で魚の開きを干すおばさんがいる。
雨が降った時に入れやすいからではない。
風向きや日当たりを考え場所や角度を変えることができるから。
街のさすらい人には理解できないことだろう。
魚の干物は食文化で歴史は古い。

自家用の干物は家によって出来上がりが微妙にちがう。
制作者の性格が几帳面と大雑把でもちがう。
塩の加減も乾燥具合も・・・
自家用干物は家庭の味に干上がるから。

町役場の保健師さんは、
「あまりショッパイものをたべないでね!」というが、
つい食べてしまうのが魚の干物。
自ずと体が求めるから。
温かいご飯にも、お酒にもあう干物。


初冬のやわらかい日差しと海風が育む、
いつもの海辺暮らし。



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by hama-no-koya | 2014-12-22 05:07 | Comments(0)
2014年 12月 18日

田舎の商店




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漁村に食料品店がある。
店のご主人は高齢のおばあちゃん。
田舎で暮らす人が減れば同時に小店も減る時代。
今も健在な商店が残る。
かたちはともあれ、昔の忙しさはないが暇でもない。
それでもどこかに商売気を感じる。
温和な暮らしの年りん。

少ない住民が間をはさみ立ち寄る暮らしの居場所。
買い物や世間話が元気の確認にもなる。
集落に独りで暮らす人が多いから。
不便と向かい合って暮らす住民に時として笑みがこぼれる。
意味もなく満足そうな年配顔。
それは住み慣れた土地で長年暮らしてきたあかし。
昔を語ることなく今を生きる。



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店棚に並ぶ商品の数は少ない。
誰が何をどれだけ買うのか予測ができるから。
少ない年金が暮らしの品に変わる。
買い物は自立への日常ごと。
昔は家の近所になじみの小店が数軒あった。
子供相手の店もあった。


客を見送る店の女主人。
カートの荷かごに積んだ一把の黄色い菊の花。
傍から見えない人の暮らし。
いつもの帰り道。


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by hama-no-koya | 2014-12-18 23:15 | Comments(0)
2014年 12月 15日

スルメとワイン




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小春日和の海辺。
やわらかい日差しと海風を蓄える白いイカの日光浴。
竿に並んで懸垂する干しイカの団体。
よく見れば美しくて面白い。
演技でも競技でもない、漁村の風物。
作者は海辺の村人。
変わらないつものローケーション。
飾らない暮らしの風景美。



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ケンサキイカの干物は白くて柔らかい。
噛めば海辺の味がする。
ばあちゃんのスルメは絶品ではないが美味しい。
思いがけない旅の味。
スルメの相性にシャブリを想像する。
印象の白いスルメ。

街で感じる遠くの海辺。



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by hama-no-koya | 2014-12-15 05:13 | Comments(0)
2014年 12月 10日

朝の漁港




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昼中は人がいないが、忙しい朝の漁港。
大敷網漁の船が帰り、数人の漁師が活気で荷揚げするから。
この場所から魚の陸旅が始まる。

魚は鮮度を落とさないように素早く箱に詰めて出荷や保管する。
だから多めの人手と水揚げの設備が必要になる。
鮮度や扱いで市場価格が変わる魚。
天然魚の生産は獲ってからの商品管理で差が出る。

大敷網漁で獲れる魚の種類は多い。
いちばん最初に船から荷揚げされて処理されるのはイカの類。
イカの鮮度や品質を保つには、死後硬直する前に箱に素早く並べる。
その次にサワラやマグロなどと箱詰めにも順番がある。
高級魚や鮮度の落ちやすい魚が先で、それが優先順位となる。
朝の涼しい内に時間をかけない手早い魚の処理。
漁師は魚の扱いに気をつかう。



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一昔前は宇田の荷揚げ場がセリ市場となっていた。
漁協が合併してから魚は車で萩市場に運ばれてセリにかけられる。
宇田の漁港で水揚げされた魚は産地市場の萩産で流通する。
萩市場では仲卸業がセリで魚を買う。
生産者から消費者へ届く一般的な販売経路。
魚の多くは産地市場でせられ、都市の市場で再度セリにかけられる。
築地の都市市場には場内市場と場外市場に分かれる。
各地の小売市場が観光名所になる時代。


漁師は魚を選別して箱に入れ氷詰にして出荷する。
箱代と氷代と萩市場までの運賃は生産者の漁師が負担する。
魚を市場のセリにかけると販売手数料が引かれる。
なにかと経費がかかる漁師。
生産コストが上がれば輸入魚に押される。小売値も上がる。
全国には魚の流通改革や六次産業を考え実行する漁師もいるが、
ネイティブは起業家や経営者ではない・・・
全国的にはコンサルタントやバイヤーと開発する新しい漁業もある。
漁師は基本生産者であり、変わらず漁師でありたい。
先進や儲けも大切だが、海で生き残るために。

海の魚が消費者に届くまでの販路や経路が変わりつつある昨今。
天然魚は供給が不安定だから市場価格が変動する。
需要も天気や何かの要因で微妙に変動する。
近年の魚価は納得横ばいだが、天然魚の供給は将来確実に落ち込む。
そうなれば魚は品薄状態になり価格が上がる。
海外の需要が伸びれば輸入魚が減る。
魚は日替わり価格で相場が変動する生もの商品。
これからの天然魚の扱いは商売的に面白い業界になるだろう。
水産の成長は見込めないが衰退はないと予測する。
厳しくても今を乗り切る冬の漁師。


儲からなくなった漁師の現状。
魚が減り、燃料代が上がり、魚価は低迷している。
それが現状でも、明日は大漁の希望がある。
生きるため漁師を続ける漁民。

箱に氷詰めされた魚の生末は・・・
明日の天気しだい。
何はともあれ街の居酒屋で新鮮な地魚が食える時代。
ベルトコンベヤーで運ばれる鮨。
世界中で魚食が普及する時代になった。

箱に詰められた新鮮なサワラ。
童謡「リンゴのひとりごと」を意味なく思い出す。
なつかしい過ぎてきたこと。



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by hama-no-koya | 2014-12-10 05:02 | Comments(0)
2014年 12月 05日

荒れる海




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新宮山が薄ら白い初冬の朝。
寒くなると海が荒れる日が多い日本海。
漁に出れない時化の日は、陸で網の修繕をする漁師。
天気が良ければ外仕事で、雨や雪は小屋の中で仕事をする。
仕事仲間は田舎で暮らすいつもの8人。

網仕事は単純そうで難しい。
網の結束方法やロープの扱いが色々あるから。
覚えてしまえば簡単だが、なれない初心者は気をつかう作業。
年配と新人の差がでる網の仕立てや修理の仕事。
点検修理が終われば荒れた海で耐える大敷網。

海に張りこんだ定置網を現場で修理するのは大変な作業である。
応急の修理でもダイバーの潜水作業になることもある。
だからより丈夫な結束や構造が必要になる網仕事。
完全な職人仕事でも大時化には疲労や破損をする大敷網。
大敷網は時化が予測できても仕掛けが大きくて急には陸揚げできない。
大波や潮流など自然の破壊力は計り知れない。
昔から大漁と損害を繰り返す大敷網漁。

大敷網は大きく、四か所の部分網に分かれ、それが一つの網になる。
網の部分は2セットあり交代して繰り返し使う。
海で汚れ疲れた網を揚げ、汚れを落とし修理した網を海に入れる。
四か所の網を順次入れ替える手間のかかる作業。
入れ替えの周期は汚れや網にもよるが、一か月から3か月になる。
その途中に網に異常があれば面倒でも直ぐに入れ替える。
網のメンテナンスは水揚げを左右するから。

魚は網伝いに泳ぎ、敗れた穴があればそこから逃げる。
大敷網はロープが一本切れてもアキレス腱切れのような重要所もある。
複雑な構造で組まれ、骨格をロープで張りこまれているから。
ほぼ周年海にある大敷網の本体。
漁具はより丈夫でありたいが、水の抵抗や魚への相性もある。
魚の習性を知り、魚をだます漁師の漁具造り。
大がかりな仕掛けと歴史ある伝統漁法の大敷網漁。
日々の網仕事が継続につながる。
それが暮らしとなり、古くから漁村を支える。



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陸仕事の休み時間は茶飲み話だが気になる天気予報。
昔とちがい、3時間ごとのピンポイント予報がテレビでながれる。
周辺海域の風雨や波の状況を簡単に知ることができる。
テレビは漁師道具の一部になる。
昔は経験と勘で漁師は天気を予想したが今は便利になった。
天気の急変で遭難した昔話が漁村に残る。

台風の時化は移動するが、西高東低の冬型気圧配置の時化は長引く。
何日も漁に出れないこともある。網が破れることもある。
冬の日本海側で暮らす漁師の定め。
荒れた日、番屋で過ごす網仕事の中でのんびりする時間。
先人曰く、「待てば海路の日和あり」。


冬になれば海が荒れる。
漁に出なくてもけっこう忙しい大敷網漁。
古くから漁村に伝わる網仕事。



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by hama-no-koya | 2014-12-05 05:01 | Comments(0)
2014年 12月 01日

漁師の花畑 魚釣り




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船をおりたヒロー二イは陸から魚釣りをする。
毎朝、暗いうちから愛用の釣り竿をもって浜辺を歩く。
ルアーでスズキを釣るために。
趣味でも仕事でもない暮らしの魚釣り。

ヒロー二イの釣り道具は立派でない。
安物の使い古した竿に、浜で拾った特性のルアーがついている。
たまに新品のルアーを買うがラインが切れて無くす。
道具にこだわりがなく金をかけない。
本人がいわく、スズキは道具を選ばないから魚がいれば食いつく。
夜明け前の短い時がチャンスで勝負だと。
自ら浜を歩き集めた経験から。

そんないい加減な道具でも、たまには大きなスズキを釣ることがある。
この前、中頃のマダイを釣って切り身を近所に裾分けた。
一人で食べるには大きいからでなく、意味はなくただ気前がいいだけ。
近所のおばさんのしわ顔がゆるむ。
ヒロー二イの話題が速報で広まる小さな漁村。

スズキの釣りは早朝だが、夕方には波止場で雑魚を釣る。
適当な道具でも小アジや小メジナが釣れる。
腕がいいのか辛抱がいいのか知らないがバケツに雑魚が溜まる。
海と魚の習性を知る元漁師だから。

釣った雑魚は自分で食べ、残りは猫のエサにする。
毎日が半即席のような魚の煮つけ定食。
煮つけは調理に手がかからなくて野菜もぶち込めるから。
味は二の次で、野菜を食べろと周りが言うから。
浜辺を歩けば腹も減る。
大ざっぱな食生活だが健康を気にする。



ヒロー二イの日課は夜明けの釣りではじまる。
昼間は花畑の手入れや港内のゴミ拾いや草取りをしている。
合間に片道30分かけて買い物に歩く。
買い物袋の中身は食品や暮らしの雑貨と缶ビールが一本。
今日は晩飯の魚、シイラを下げていた。
暇のようで忙しい中高年。

定期的にバスでかかりつけの病院に行く日がある。
袋の中身は毎日欠かせない飲み薬。
自立はしていても過去二回、救急車で運ばれた人だから。
病気になれば誰かの世話になる漁村。
健康と病気の境目を生きる。



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漁師をやめたヒロー二イだが魚釣りはやめない。
暮らしと体が求めているから。
趣味を超えた究極の釣り。
子供の頃から釣りが好きだった。
脇道にそれることもなく生涯海辺で暮らしている。

履き物はいつも長靴。
気取のない、飾りけもないマイペースの暮らし。
青い海と空を歩いてきた白い長靴。

海辺のシングルライフ。



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by hama-no-koya | 2014-12-01 05:12 | Comments(0)