浜の小屋

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2015年 06月 29日

旅人




旅は好きだが長旅ができなくなった。
年齢的に体力は低下し、地域の役目も多くなる。
それでも知らない所へ行ってみたい。
何処でもいいから元気な内に。

若い頃は山歩きもしていた。
妻は、今でも5000mくらいの高歩きまでするが、
夫は、地食と足が不安で付いて行けない。
パスポートも要らなくなった。
今は短い旅をする。



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旅の乗り物は決まっていない。
近頃は短い日程から飛行機や新幹線が多くなった。
たまに我が家の軽自動車で遠出する。
旅は乗り物で時間と距離と予算が決まるが、
日程を優先する旅。
昔は、歩きもあり予定外の日延べもした。
自分の想いが先だった。



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旅の食事は、朝飯と昼飯は簡単に済ませる。
夜は豪華ではないが酒を飲みながら存分に食地を楽しむ。
予期しない出会いが旅人をもてなす。
街なら素泊まりして、食事は居酒屋で済ませるが定番になった。
近頃は国内でもゲストハウスを探せるようになった。
田舎泊なら地に馴染む簡易な民宿が多い。
食と同時に会話が楽しめるから。
食って飲んで話して寝る。



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旅のかたちは色々あるが意味なく建物に目移りする。
美術館や駅舎などの建築家が知りたくなる。
建物にはコンセプトがあり、地域の看板で固有な表現をしているから。
知らない土地でも人の暮らしや地域が想像できる。
意外な所に意外な建築物が存在する。
美しい新旧の箱もの。


旅の装備は、昔からバックパックと決めている。
以前は中型のトレールと小型のディパックを使い分けていた。
一昨年から中間の26サイズ一本にした。
旅のかたちが年齢でトレイルからハイクになったから。
街でも山でも使える便利なザック。
飛行機の機内持ち込みができる最大サイズを選んだ。
それはジャックウルフスキンのレディス。
細身だが背負いやすく背当てのメッシュで汗をかきをしない。
ウエストベルトのフィット感がよく肩こりしない。
小物入れも多くレインカバーも付いている。
街旅のバックパックにも少洒落ている。
詰め込みが楽しい旅の袋。

街旅の履物は、昔からスタンスミスと決めていた。
これまで何足ものスミスを履き古した。
無難で靴として信頼していたから。
近頃のスタンスミスは足に馴染むまで時間がかかるようだ。
野山歩きはゴアのトレッキングと革の山靴を持つが、
サロモンの丈夫な皮靴を履く山旅の場はない。
軽くて丈夫で蒸れないトレッキングシューズに履きなれたから。
草履タイプのサンダルは場を選ぶが案外重宝なもの。
草鞋の数が旅の距離ではなく、
乗り物の速度が旅のマイレージになった。



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旅の小物はいろいろあるが、自分旅に欠かせない角瓶ポッケット。
間持たせにコイツとコーラやポカリを交互に飲む。
時と場所を選ばないで。
旅の酒ではなく友として携帯する。
近頃は、機内持ち込みのチェックが厳しくなった。
愛用の必需品、角瓶やビクトリノックスのナイフが同乗できない?
石田ゆうすけ「行かずに死ねるか」の文庫本を持ち歩く。
旅に出てまで旅の本と思うが携帯する。
読んだり読まなかったりするが、お守りのようなもの。
非常用としてウィダー2袋とペンライト。
薬は下痢止めだけ。
野宿するような旅をしないから。

旅をした数や距離は少ないが思い出は多い。
近頃は観光地や、山でも海でも中高年の旅人が多くなった。
戦後まもなく生まれた多くの人たち。
旅は釣りと同じで「フナ釣りに始まって、フナ釣りで終わる」。
趣味でもないが身をもって思う。


漁師が旅をしなくなった。
遠方から旅人が訪ねてくるから。
漁をして、我が家に居ながらにして旅をする。
人生の第四コーナー。
旅は受け入れも楽しいもの。







by hama-no-koya | 2015-06-29 04:35 | Comments(0)
2015年 06月 25日

四万十の川道




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四万十の旅は途中の大正から支流の梼原川ぞいを上る。
窪川経由の津野行きが川の本線だが道が不安で・・・
大正から梼原へは国道で道が良さそうだから。
四国の山道は狭いと聞いていたがほんとうに狭かった。
くねった山道に対向車がたまに来る。
行き交う場所を探す道。
山道の途中に里の暮らしがある。

四万十川の源流は津野だが・・・
支流の梼原川の奥には四万川がある。
そこは竜馬脱藩の道であり、勝手に四万十の源流と思った。
狭い道だが興味半分で迷わず行ってしまった。
本流との分岐近には十川の駅名もあった。
夢は覚めるが、昔は四万十川の正式名は渡川だったと聞く。
自分旅は気まぐれでおもしろい。
気ままな一人旅。



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途中にダムがあった。
別に珍しくはないが、この場所だから存在感がある。
無印のダムだが惹かれて撮影した。

四万十の流れは手に負えないと聞く。
度重なる洪水と向かい合う住民の暮らしと治水。
濁流の中で沈下して耐える橋。
梼原川には、川の流れをせき止めるダムがあった。
橋もダムも何かの意志や意味が有る。
普段は考えることもなかった。
高知は台風の通り道。



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山道を越えると梼原が山間に開けた。
梼原町は四国の山の中とは思えない自然に小洒落た町。
思い切った公共の建物を見れば一目瞭然。
著名な建築家の設計だから。
町営の水力発電所も風車もあった。

梼原から源流の津野へは峠を越えると直ぐ。
峠に茶屋のような旅間の良い小さな道の駅があった。
歩く旅でもないが一服する。
そこの眺めで四万十川の源流は四国山地だと思った。
当たり前だがそれが旅の答えとなる。




話は飛ぶ。
山口県の日本海側にある漁村。
清流でなく簡単な橋と簡易なダム擬きがある。
そこで暮らす漁師の選んだ息抜き。
それが四万十の旅だった。



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シリアスな旅の余談。
四万十で「あきたびじょん」、なんとなく解る気がする。
須崎の卵焼き、おやつにミレーのビスケット。
普通に驚く帽子のかたちのパン。
力みのない住民の発想から?
意味不明だが地方創生として見習うものがある。
・・・今は何もない我が家の周辺。











by hama-no-koya | 2015-06-25 04:51 | Comments(0)
2015年 06月 22日

川沿いの駅




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ここは高知県四万十町。
予土線の打井川駅に止まる列車。
四万十川もここまで上ると川幅が狭く流れも見られる。
河口の中村は四万十市で上流の打井川は四万十町。
同じ名前の市町が川沿いに存在する。
四万十川が流れているから。
打井川の駅前は山と川はあるが家が無い。
この辺は豪雨になると川の水位が途轍も無く上がるらしい。
四万十の川沿いに点在する暮らしの集落。
鉄道と道路が川と並行する。

宿は川辺の民宿に泊まる。
家の前が山と田圃で四万十の支流が流れていた。
山の稜線が見えなくなる夕暮れ。
夜は地元の焼酎と七輪で焼いた四万十の鮎。
四万十の酒と話がはずむ。
川の魚だけでなく、山の八色鳥の話まで。
飲みながらの地話。


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四万十川を渡る短い列車。
何となく乗りたくなるような急がない車両。
田舎とはいえ恐竜を乗せた太古の「ホビートレイン」が走り、
似非だが「0系の新幹線」車両も走るローカル線。
川と山だけの目移りしない風景。
大人には貨車を改良した「しまんトロッコ」列車だろう。
のどかな自然の山里だから。

愛媛の海と高知の山を結ぶ暮らしの物流。
予土線は仲良く伊予と土佐。
車両は変わっても大切なものは変わらない。
そんな気がする地域。


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話は飛ぶ。
ここは山口県阿武町にある宇田郷駅。
宇田郷駅の前には家がない。
予土線の打井川の駅前には四万十川があるだけ。
山陰本線の宇田郷の駅前には日本海があるだけ。
海と川のちがい。
ちがいはあっても感じるものは似ている。
同じ日本の風景だから。
海に近い宇田郷駅と川に近い打井川の駅。


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旅をしていても自分の地域と重なる。
なんとなく原点に辿りつく。
原風景の意味。







by hama-no-koya | 2015-06-22 04:50 | Comments(0)
2015年 06月 18日

四万十の旅




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四万十川と太平洋は水でつながっていた。
日本海とはちがい、海は広いな大きいなと単純に思う。
中村から四万十の川添いを上流に向かう旅。
河口付近は川ではなく河。
ここから四万十の旅が始まる。
源流からでなく、海から山へつながる逆のながれ。
下流域は平な帯状で川の流れがない。
四万十川が案内するので道に迷うことはない道中。
何処にでもありそうな川沿いの道だが、
いつもは海辺の道を通る旅人には新鮮な展開。
空の色と同じような水の色。
クレヨン色の風景。



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四万十川には数えきれない沈下橋がある。
下流域は川幅が広く橋は長くなる。
沈下橋は道路が狭く基本は交互の一方通行である。
橋の途中に待避所があれば別だが先入車が優先のようだ?
工事中の道路にある信号機は付いていない。
橋の袂で先入した対向車を待つ。
渡り終えた対向車に挨拶をしてから橋に進入して渡る。
初対面だが、知らない人とは思えない対向車。
手すりやガードレールがない橋。
地元の生活橋を旅で渡る。
四万十へ来たとゆっくり感じる。


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話は飛ぶ。
山口県の惣郷川の河口に架かる橋。
日本海に流れ着く川。
比べものにならない水量と川幅。
四万十川の雄大なスケールには勝てない。
海の色と空の色は四国と変わらないような気がする。
川と橋を無意識に比べる旅人。
海に流れる土地の川。

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旅先の風景と地元の風景を重ねてみる。
勝ち負けではなく旅人の想。
そこにしかないもの。







by hama-no-koya | 2015-06-18 04:38 | Comments(0)
2015年 06月 15日

宇和島の段畑




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宇和島の街から少し離れた水荷浦。
山の上まで石で積まれた畑。
農地なのに大きな古代遺跡のようにも見える。
数年前に旅をした四国の海辺。

目的は四万十川を中村から遡上する旅。
船で瀬戸内海を渡り高速道路を乗り継いで宇和島に着いた。
山が海まで迫る美しい漁村というより海辺の町。
裏山は見事に整備された段畑の秋。
季節はサツマイモの収穫からジャガイモへの変わり目ごろ。
段畑に作物が目立たず石垣や地肌が露出。
古代のスタジアム? アンデス?
始めて行くが、どこかで見たことのあるような景色。
想像をはるかに超えた水荷浦の原風景。
地域暮らしがそのままの美しさ。
伝え何かしら表現する風景。
風化と進化の地方。

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おだやかな内海には養殖筏がさりげなく並ぶ。
豊かな海暮らしの環境。
獲から育てるに移行した多面で安定した漁業の経営。
風景と背景を自分で想像する。
案内人がなくても語りかける風景がそこにある。
事前に知ることも必要だが、いきなり現地も悪くない。
行く前に現地を知ると調査のような旅になる。
行き当たりばったりの予期しない旅路。
浦の裏まで知らなくてもいい。
観れば感じるから。


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話は飛ぶ。
宇和島の水荷浦でなく、山陰地方の浦で暮らす旅人。
海辺の段畑は姿を変えた。
昔は、段畑があり家族で耕作した。
麦を植え、裏作として梅雨期にサツマイモを忙しく植えた。
漁村の自家用作物として漁師が畑を耕した。
子供ながら手伝いでサツマイモを運んだ記憶がある。
重たい芋を背負って、くねった坂道を降りた。
肥料は流れ藻を背負い上げる。
50数年前の地元の浦。

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浦の田畑が減ったのは鳥獣の被害もある。
イノシシが増えサルも増えた。
野山が荒れたから野生動物が増えたのか・・・?
畑に何を植えても動物の餌になるだけ。
集落の厳しい田畑の現状。


整備された水荷浦の段畑風景に感動した旅人。
旅で感じる過去の地域暮らし。
海辺の里は美しい。







by hama-no-koya | 2015-06-15 04:45 | Comments(0)
2015年 06月 11日

カサゴの穴釣り








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港内の岸壁に生息するカサゴ。
口の大きな魚なので餌を見れば直に飛びつく。
簡単な釣り道具でできる磯あそび。
竿を使わずに手釣り。

近頃は岸壁のカサゴが減った。
簡単に釣れなくなった。
釣れる穴を求めて場所を変えても釣れない。
カサゴが居なくなったから。

昔は面白いほどカサゴが釣れた。
子供でも女子でも大小様々なカサゴを釣っていた。
夕飯のオカズくらいなら簡単に釣れた。
今は釣れない岸壁のカサゴ。


人が車を持つようになってから、カサゴが極端に減った。
カサゴ釣りをする人が方々からやってくるから。
遠くから来るので釣り時間が長い。
地元では小さい魚は釣れても持ち帰らないで逃がす。
釣り師なら当たり前のこと。

この日は一匹もカサゴが釣れなかった。
いくら粘っても・・・
漁村に嫁いだ妻の楽しみ、カサゴの穴釣り。
これで終わるのか?
嘆いても元には戻らない自然。


変貌する景観は人目につくが、
水面下や地下の環境は住民や当事者にしか分からない。
大切な暮らしや遊びの田舎資源。

暮らしの息抜き。




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by hama-no-koya | 2015-06-11 04:50 | Comments(0)
2015年 06月 08日

造船所の跡




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海辺に置かれた人の乗らない船。
旅先の四国にもあった。
直島のシップヤード・ワークス「船尾の穴」は実に美しいかった。
「切断された船首」は無性にも感慨深い作品。
上勝の山にある大きな船の作品も・・・
作者は芸術家でありながら、今では地方創生のクリエイター。
作品や計画が環境にとけ込み地域が活性する。
色や形の表現で地域を創造。



海辺の空き地に無造作に置かれた船の一部分。
芸術作品ではないが普通に奥深い。
今から約30年前に愛船の加州丸を造った造船所の跡地。
この場所で船を造らなくなって何年も経つ。
漁師が減って、新しく魚船を造る人がいなくなったから。
材質が木からFRPになって長持ちする船。
時代で変わる地方の産業。
先細りの中で生きる海辺の田舎町。



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昔は木造船を造っていた船大工。
造船所の統領は、山で船に使えそうな木を自ら探した。
山の業者が木を伐り海辺の造船所まで運ぶ。
木挽きが大きな鋸で板に引く。
日本の木造船は船体の部位によって木の種類を変えていた。
マツ・ヒノキ・スギ・カシ・ケヤキなど用途に合わせて。
木の個性と特性を生かし、大昔から建造された船。
木は腐り、強度はFRPより弱い。

木で船を造っていた船大工がFRPで船を造るようになった。
丈夫で長持ちする機能的な漁船。
FRPの船は合板で凹型を造り、内側を繊維と樹脂で固める。
その後は整形型抜きして船体が出来上がる。
製造工程や材質が変わっても船大工は漁師の船を造った。
順番待ちの受注残があるほどに。
そんな時代に造られた漁船が老朽化した。
同時に漁村で暮らす人々も。



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約30年前に造った加州丸は今も現役。
メンテナンスは年一回陸揚げして船底塗料を塗るだけ。
船底に貝や海藻の汚れが付くから。
エンジンはくたびれているがまだ使える。
プロッターや魚探などの電子機器は何台か入れ替えた。
故障もするが、性能が年々進歩するから。
零細でもプロッターと魚探が無ければ漁にならない近代の漁業。
漁師を続けるからには船が必要。

近年になって廃船になる漁船が急に増えた。
漁師が儲からなくなったから。
何かが変わっても、農と漁は地方から消えないだろう。
昔から途絶えること無く続いてきた職業。
大切な食料の供給だから。

風が吹けば桶屋が儲かる時代もあった。
今は地域のデザインやらしさ。
難題を本気で描く人。
編集する人。


直島の海辺にある船の作品は何を意味するのか・・・
どことなく切なさも漂う。
浜辺に展示された現代美術の大胆な作品。
半端では、人に伝わらない。



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by hama-no-koya | 2015-06-08 04:55 | Comments(0)
2015年 06月 04日

車窓




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いつも、走る列車を漁村から見ていた。
たまには、走る列車から漁村を見ることにした。
宇田郷駅に入線する見慣れた列車。
車内は数人の乗客。

無人駅での乗降りは車内で整理券を取り、降車時に車内精算する。
田舎では便利なSuicaは使えない。
寒冷地のローカル車両のドアは開閉の押しボタン付が多いが、
西日本のローカル車両は、都会並みでほぼ自動ドア。
電車とタクシーは自動ドアと決めつける日本人。
待っても開かないドアに戸惑う北国の冬旅がなつかしい。
旅の恥はかき捨ての笑い話。
先入観と乗り方を知らないだけのこと。
それともローカルマナー?



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車窓から見る尾無の漁港。
暮らしの場が、どこか遠くの田舎風景に変わる不思議さ。
角度を変えて観るいつもの漁村集落。
海辺の公民館が妙に新しい。
ここ数十年間で新築された漁村で唯一の建物だから。
歩く人も無い静かなたたずまい。



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惣郷鉄橋から見る穏やかな日本海。
乗客の多くは列車が橋を渡っていることに気づかない。
車窓は川に架かる橋でなく海に架かる橋。
眼下に赤島とサザエ瀬が見える。
他人には何でもない風景だが、懐かしいと思う人もいるだろう。
都会に憧れ、ふるさとを後にした若者が多いから。
過ぎてきた昭和の時代。
いつしか窓枠が額縁に変わる世。


田舎暮らしを車窓から見る。
いい時代に生まれ、いい場所で暮らしていると思う。
たまたまで、ただそれだけの人生ごと。
生まれた所で今も暮らす。

車窓から見る、近くと遠くの世界。
寄せては引く、田舎暮らしのズーミング。
被写体の深度と間合い。







by hama-no-koya | 2015-06-04 04:53 | Comments(0)
2015年 06月 01日

宇田郷駅のエキナカ




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尾無の漁村に行くには宇田郷駅で列車を降りる。
惣郷鉄橋へも最寄りの駅。
山側にある2番線は下り専用ホーム。
今にも崩れそうな、錆びた跨線橋を渡って海側の出口に出る。
数ある駅の跨線橋の中で一番ボロいと思われる。
大時化には海の波飛沫を真面にかぶるから。
無理をする海辺の跨線橋。


東京駅のエキナカにはコンシェルジュがあるらしいが・・・
宇田郷駅の駅中は人がいないので道も聞けない。
駅舎はあるが、打ち放しのコンクリートでトイレすらも無い。
駅にトイレが無いのは、使用者の多くが山陰本線の利用者でないから。
駅前を通過する国道191号線の利用者だから。
聞いた田舎駅舎のトイレ話。
山陰本線の無人駅で下車する女子は、車内トイレを利用する。
男子ならそこらの草薮で用を済ませそうだが・・・
ヘビや虫はいても、誰もいない駅。



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宇田郷の駅名が書いてある板。
車内から見えやすいように書いてある。
昔は車内放送が無い、ホームの駅名板を動体視力で見ていた。
近頃は車内放送で駅名の確認ができる。
昔、東小金井の駅が八王子や高尾に変わった苦い思い出がある。
多くは酔っぱらっいの折り返せない終電。
晴れた日には東小金井の駅から富士山が見えていた。
宇田郷駅から見えるのは海だけ。



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宇田郷駅の改札口と古びた駅舎。
和洋風どちらとも言えない駅舎と海が降り立つ旅人を迎える。
人けも家も無い駅前の風景。
・・・それに比べ東北のJR駅は平均にきれい。
海辺を走る五能線も同じような田舎を走るが、駅舎は別物。
山を走る田沢湖線にはプリツカー賞の建築家が設計した駅舎もある。
田沢湖の駅中は、お洒落な田舎空間。
跨線橋には階段とエレベーターが付いていた。
田舎者の愚痴に聞こえるが旅人の感性は妙にゆたか。
駅は旅の時間を気長に待つ場でもある。
本数が少ない地方の列車。



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旅人を見送る田舎駅。
別れの朝、どこかに哀愁が漂う宇田郷駅。
旅人も、見送る人も、出会いとわかれに気が緩む。
人がいなくても駅に止まる列車。

古い宇田郷の駅。
あれから何年も経った・・・。

7月にはトワイライトエクスプレスが走ると聞く。
田舎の古駅も捨てたものではない。









by hama-no-koya | 2015-06-01 04:56 | Comments(0)