浜の小屋

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2015年 11月 29日

うつくしいむら あとがき




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山の田んぼで稲を刈るむら人。
なんでもない田舎暮らしの風景だが捨てがたい。
どこかに感じるものがあるから。
見慣れた人の暮らし。



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自転車で菜園場に通うむら人。
いつものことなので珍しくもなく見過ごす風景。
先のことより今を生きる人。
気取らない日々。



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海を見るむら人。
近くて遠くにある過ぎてきた日暮らし。
漁をやめても気になる海。

村を支えてきた人の暮らし。
受け継ぐことはできないが何かを残すことならできる。
むらで暮らしているから。

住めばうつくしいむら。
残された日々に厳しさと幸せを感じる。







by hama-no-koya | 2015-11-29 04:40 | Comments(0)
2015年 11月 24日

うつくしいえきまえ




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山陰本線の宇田郷駅。
海があるだけでなにもない駅前。
道路を海側に渡るために横断歩道がある。
何気ない海辺の道。

何は無くても意味はある。
ロンドンには有名な横断歩道があるが、
ここは無名の横断歩道。
絵にならないが写真を撮りたい気持ちになる。
できたら仲間4人でポーズをつけて。
はじまりは誰も無名。




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青い屋根瓦の誰もいない海辺の駅舎。
駅名の看板もない。
駅舎と郵便ポストと公衆電話がある。
三公社五現業は過去。
かたちはちがうが田舎と街をつなぐ大切なもの。
採算でなく必要だからそこにある。
リストラ本来の意味。



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大波で道路の護岸が崩れた。
道路に波が上がるので異様な鉄の壁ができた。
応急な措置と思うが海が見えない。
波のかたまりで人馬が直撃されるよりましなこと。
景観よりも大切な日々の暮らし。
住めば感じるもの。
海の波だけでなく時代や人にも波がある。



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駅の線路をまたぐ錆びついた跨線橋。
日頃の利用者が少ないから。
古くても使えるもの。
海辺に駅があるだけでもありがたい。
田舎駅の風情。
潮風と過疎に耐える橋。
見逃しの通過点。



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海に沈む夕陽。
裏腹でかけがえのない駅前の夕暮れ。
さみしいけれど美しい。







by hama-no-koya | 2015-11-24 05:03 | Comments(0)
2015年 11月 19日

うつくしいおみや




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三穂神社は漁村の神様。
沖に見える姫島にも神様の小社がある。
昔は神社の松も多かった。
松の木が減り船の数が減り漁師の数も減ってきた。
あの頃と変わらない海の色。

小学生のとき、夏休み前の授業で泳いだ神社の海。
学校にプールが無かったから。
50年も前のこと。
見慣れた風景だが今になるとなつかしい。



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神社にある不思議な像。
日本海の風雪と荒波にじっとして耐えてきた。
力強さとユーモラスを同時に表現。
文化財でもないが作品は神様。
謎の石像が長年見守ってきた漁村の暮らし。
海とともに生きる村人。



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神社の裏手に馬が祭られている。
昔の話し、漁村が大火になり多くの家が焼失した。
死者は出なかったが馬が一頭焼死した。
毎年の祭りで、火の用心を漁村に呼びかける馬。
家屋が密集する漁村集落。
災害を無視することのできない海辺暮らし。
空き家を目にする昨今。




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漁村の夕方これから焼ける陽。
美しい原風景。
人の暮らしを感じる。







by hama-no-koya | 2015-11-19 04:54 | Comments(3)
2015年 11月 16日

うつくしいかい




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大敷網に入った白くて美しい貝。
中にはタコが入っている。
和名はアオイガイ。
タコは食べないが、きれいな貝なので近頃は持ち帰る漁師。
貝の大きさもいろいろ。
珍しくもないので普段は捨てていた貝殻。
気にしない漁師の価値観。
日頃も改めて観るとおもしろい。



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アオイガイは産卵期になると自ら貝殻をつくる。
産んだタマゴを育てるために。
貝殻が巣で屋台骨になる。
貝の中にタマゴを入れて海をさまよう。
貝殻が破損すると修復する。
海岸に漂着する貝もあるがその多くは貝が欠けている。
薄くて壊れやすい貝殻だから。




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アオイガイはラテンでは潜水艇ともいわれる。
貝殻の中の空気を調節して潜水と浮上の航行をするから。
本体の移動は水を噴射して推進する。
通常は波に揺られて潮任せで漂流しているようだ。
海には不思議な生き物がいる。


アオイガイはアンモロー・リンドバークの本「海からの贈り物」の貝。
貝殻を二つあわせると葵の紋になるアオイ貝。
貝の別名ノーチラスは原子力潜水艦の名にも使われた。

美しいタコ貝の奥は、広くて深い海の世界。
タコも洞察するとおもしろい。







by hama-no-koya | 2015-11-16 04:10 | Comments(0)
2015年 11月 12日

うつくしいさかな 2




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大きな顔とおでこ頭のシイラ。
梅雨頃から獲れているが晩秋のシイラは脂がのって美味い。
地元では秋のシイラはヒラマサに勝るという。
食べて知る秋の大きなシイラ。

死んだシイラは見た目は不格好で色も地味だが、
海を泳ぐシイラはプロポーションも色彩も抜群に美しい。
鮮やかなマリーンともコバルトでもない鮮やかな固有のブルー。
水を得た魚のようにスマートに泳ぐシイラ。

本名はシイラだが一部の地域ではマンサクとよぶ。
昔の話、秋の収穫期に魚屋が農村部へシイラを売りに行ったが売れない。
魚屋はシイラの名前が原因だと知りマンサクに改名した。
農家では籾の中身がない稲穂をシイラとよぶから。
マンサクとは豊年満作のこと。



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地元漁師はブリの少年期をワカナとよぶ。
獲りたての魚が黄緑色をした若菜のようだからと勝手に思う?
獲れたてのワカナは美しい。
死後硬直が始まると徐々に青みを帯びる。
このサイズは秋に多く獲れるが今年は平年より少ない。
群れで回遊するので獲れすぎると極端に値崩れする。
立冬頃には丸みを帯び刺身にして美味しい魚。
焼いても美味しい。
何よりお手頃価格が取り得。
漁師はワカナとよぶが、市場ではハマチとかヤズとかよばれる。
いろいろなローカルネームを持つ魚。
寒くなると成長したブリが美味しくなる。



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箱に並べたクロムツ。
アカムツは赤みをおびるがクロムツは黒みをおびる。
アカムツは値が高いがクロムツは安い。
どちらも咽が黒いのでノドグロとよばれる。
どちらが美味しいかと言えば、アカムツに軍配が上がる。
クロムツは脂が少なくあっさりしている。
クロムツは焼きか煮魚系だが、大きくなると刺身でも美味しい。
赤と黒の違いはあるがムツはムツの味がする。
ノドグロは美味しい魚。



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カワハギの仲間のウスバハギ。
姿かたちは美しいとは言えないが食べると美味しい魚。
薄くひいた活き造りがおすすめ。
透き通った白身の薄造りは美しく他に類がない。
フグに似るがフグの刺身は調理の美しさだが、
ウスバハギの美しさは身肌の美しさ。
通常は鍋物に使う魚。


街では切り身で店頭に並ぶ魚。
消費者は魚の美しさを見る機会が少ない。
知れば奥深い魚の話。

道の駅の直売所では、多くの魚が姿で売られている。
魚には尾が着いている。







by hama-no-koya | 2015-11-12 04:52 | Comments(0)
2015年 11月 09日

うつくしいさかな




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アマダイはきれいな魚。
昔は普通魚だったが今では高級魚の部類。
鮮度の良い大型魚になると市場では驚く高値だが、
小型魚は手頃な価格で店頭に並ぶ。
鮮度の落ちやすい魚なので昔は煮魚や焼き魚で食べていた。
近頃は品質管理も良くなりブランドアマダイもある。
アマダイは白身で淡白が持ち味。

特上品は鮮やかな色と艶で見分ける。
熱帯魚の色彩とはちがいアマダイの装いは和風な美しさ。
上品なパステル系で洗練された色彩。

海底の砂泥地に生息するアマダイ。
見たことはないが泥の中にも潜るらしい。
年配の地元人はアマダイをクズナとかドジョウとも呼ぶ。
魚には学名とローカルネームがある。

アマダイは述縄で釣る。
一度に何百もの餌を掛けた釣り針を海底に述べて釣る漁。
一本釣りでも釣れるが魚の数が釣れない。
他の魚と同様に絶対量も減った。
たまに自家消費が目的で、アマダイの一本釣りをするが本命は少なく、
多くは外道のレンコダイやイトヨリダイ。

レンコダイは底引き網漁で多く獲れるが一部に釣り魚も出回る。
タイ類は色や形が美しいがその中でもレンコダイは別格。
魚体は化粧をしたような暖色系の美しさ。
昔はお祝いの善に尾頭付きの焼き魚として需要も多かったが、
今は婚礼の宴も少なく洋食にも押される。
タイは昔から祝いの魚。

イトヨリダイもきれいな魚。
淡いパステル系の縞模様が美的である。
冬場は上質な脂が薄らのり、釣りたての刺身は特に美味しい。
アマダイは値が高くても、イトヨリはお手頃の価格。
味の基本は新鮮な魚を選ぶこと。
丸身を帯びた体なので身の歩留まりもいい。
なんとなくお買い得の魚。



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美しい魚をより美しく箱に並べる漁師。
決めのポーズは頭を左に向ける。
箱詰めは魚の展示で美的要素が価格につながる。
芸術でなく感覚で並べる。


美しく見える魚は鮮度もいい。
見分けは体形と色艶。







by hama-no-koya | 2015-11-09 04:55 | Comments(0)
2015年 11月 05日

うつくしいひもの




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晩秋の晴れた日にイカを干す。
日差しと風と気温が干物に最適だから。
寒くなるとハエも飛ばない。

昔は獲れすぎたイカを保存するために干物にした。
今は浜の特産品として干物をつくる。
そこらで見る漁村の干物。



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スルメは通常スルメイカをヒラキにしたものだが
ケンサキイカをヒラキにしたスルメがある。
ケンサキイカの特徴は身が真っ白い。
刺身でも干しても癖の無いイカの淡白な味がする。
特徴は二本の長い触手を持つ。

スルメイカのスルメは裂きイカの製品が多いが、
ケンサキイカのスルメは一匹丸ごとで、大きさも大中小とある。
干してもイカの姿まで大切にする。
上手に乾かすには手や胴が重ならないようにする。
一匹ずつ慣れた手間をかける。



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昔、生乾きの竿に掛かったスルメを拝借して食べていた。
時化の日に急に行う昼間酒の肴として。
生乾きのスルメは刺身と干物の中間味で両得の食感がある。
噛みごたえも柔らかく手頃に美味しい。
つまみ食いはルール違反と知りながら・・・
地元では頭の黒い猫の仕業だとさりげなく流していた。
いつも傍にある美味しいイカの干物。



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乾燥行程の最終段階は洗濯バサミ。
白いイカは陽を当てすぎると日焼けする。
人肌と同じで小麦色に変色する。
ケンサキイカは長い二本の手と白い色が特徴で売り。
やわらかい秋の陽を浴びる美しい干物。
漁村で見かけた秋の風物。


そこにしか無いもの、いつまでも変わらないもの。
美しいものは食べても美味しい。

寿留女の深い意味。







by hama-no-koya | 2015-11-05 04:58 | Comments(0)
2015年 11月 02日

うつくしいやま




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海抜483mの新宮山。
海から見ると三角形をしたひときわ目立つ山。
昔は沖を航行する船が目印にした。
今はプロッターで位置を知る船。
変わらない夜明け。


地元では信仰の新宮山。
山頂近くに奥宮があり春と秋に例祭が行われる。
登山道は急で1478の段々を登る。
直登道なのでかなりきつい。
小一時間かけて登る奥宮までの坂道。
変わらない道筋。



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例祭の日、神社の役員が祭りに使う用具を担ぎ上げる。
神饌だけでもかなりの量にになる。
荷揚げは竹で編んだ背負いのトリノスに入れる。
大切な祭荷が型くずれしないため。
トリノスは見た目より体にフィットする。
本来は農作業に使うもの。



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途中の休憩場から海を見下ろす。
昔は山の手入れがされていたので眼下に海が広がった。
今は樹木が繁茂して視野が狭い。
美しい山も登ると厳しい。
振り返った時に航跡を感じる山の休憩場。
誰もが無言で奥宮を目指す。



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新宮奥宮は急峻な斜面に鎮座する。
宮司の祝詞で祭りが始まる。
一同は低頭する。


昔は、祭りに多くの人が参加した。
村人の体力が衰えれば集まる人が少なくなる奥宮の祭り。
お山に登れない人は山麓の遥拝所から祈る。
地元が知る山の神事。







by hama-no-koya | 2015-11-02 04:52 | Comments(0)