浜の小屋

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2015年 12月 29日

漁師の忘年会




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漁師も暮れになると忘年会をやる。
漁村に居酒屋はない。
萩に行けば呑み会場はあるが会費がかさむ。
帰り道も遠い。
新鮮で美味しいものもが食べたい。
そんな感じで
漁村の公民館で呑んで食って仲間と年を忘れる。
昔からの暮れ行事。



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食材はヒラマサとスズキを自給する。
ヒラマサは数十本の中から良型の二本を選んだ。
スズキは産卵期なのでお腹に玉子の入った太い魚体を選んだ。
魚は体によって美味しさが微妙に変わる。
切り方によっても味覚が変わる。


刺身は漁師がそこらの包丁でかまわず切る。
盛りつけも適当に皿に入れる。
一人前は多めだが漁村では普の量。
器は焼物でなく軽い落としても割れないもの。
料理の見栄えはしない。
うな重は、うなぎの量が多い方が上で少ない方が並。
それに似て違いは魚の量。



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刺身にした残りの部位は煮付けにする。
コンニャクを入れて量を増やす。
背骨は打ち切りコンニャクは手でちぎる。
鍋は昔ながらの鋳物。
味付けは醤油と砂糖と酒を少々入れるだけ。
漁師の大雑把なメニューと調理。
味に保証はない。



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料理が出来上がると呑んで食うだけ。
普段荷揚げした魚の選別を手伝う女子も参加する。
長い時間ではないが酒はみんな呑む。
酒量の個人差はある。
陸上競技に例えるとトラックの1500m走。
順位はあるがみんながゴールする。



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何かにつけて酒を飲む。
意味があろうが無かろうが昔からの習わし。
田舎には居酒屋がない。







by hama-no-koya | 2015-12-29 05:07 | Comments(0)
2015年 12月 25日

公共交通




田舎で暮らすと不便なことが多い。
不便だから田舎。



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一日に5往復する町営のバス。
少ない便数だが役にたつ。
乗客は高齢者。



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一日に数本走るJRの列車。
駅はあっても駅まで行くのが遠い。
駅には階段もある。
乗客は朝晩の少ない学生と病院通いの高齢者。
たまに旅人が乗る。



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バス路線の無い集落を廻るコミュニティワゴン。
便利だが便数が限られる。
高齢者には必要でありがたい。

運転ができる人は車で移動する。
近頃は高齢者の交通事故が多くなった。
暮らしに欠かせない病院通いや買い物。
体力の限界まで出歩く。


この場所からよそに移れないネイティブ。
移るとしたら施設入所。
不便でも田舎で暮らす意味はある。







by hama-no-koya | 2015-12-25 06:09 | Comments(0)
2015年 12月 19日

夕暮れ時




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海辺で暮らしていても夕焼けになる日は少ない。
水平線まで太陽が沈む日は稀。
だるま夕陽は希少。
グリーン・フラッシュは極稀で一度も見たことが無い。
緑の夕陽を見たら幸せになれるという。

天気がよければ海に沈む夕陽。
陽が落ちて暮れる村。



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陽がなくても夕焼けはある。
光の色で大気や雲やそこらが赤く染まる。
家の中にいても窓が赤くなる。
優しさと温かさを表す気まぐれな赤い色。
美しい漁村の斜陽。


夕焼け小焼けで漁村の日が暮れるが、
お寺の鐘は聞こえない。
家に帰るこどもたちもいない・・・。
少ない家に灯がともる。



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陽が落ちればたそがれる。
赤からだんだんと青に変わる水平線。
光のグラデーション。
昼と夜の境界。
暗くなれば空に星が輝き海に漁り火が見える。
退屈しない海辺の光。


漁村の海に沈む夕陽を見て想像する。
次はロカの海に沈むのか?

大地がおわり、海がはじまる。







by hama-no-koya | 2015-12-19 05:34 | Comments(0)
2015年 12月 14日

水源地




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尾無の漁村は夏になると水が不足した。
日照りが続くと、家にある井戸水が枯れて使えなる。
水の使える家からもらい水をする。
むかしからある漁村の水事情。

今は漁村に上下水道が完備され生活用水に苦労することは無い。
便利で暮らしやすくなった漁村の水事情。
改善された田舎の環境整備。

水源地を何処に造るかが問題になった。
水瓶にするダムの予定地に、タタラ場の跡が残っていたから。
生活か文化財の保存かで問題になったが、その地にダムを造ることになった。
タタラ場とは砂鉄を炭の炉で溶かし鉄を造る所。
ダム工事を始める前にタタラ場跡を二年間にわたり調査をした。
小規模のタタラ場は山陰地方に点在するが、
この場所には大きなタタラ場があることが発掘調査でわかった。
その当時の絵図が保存されていることもわかった。
絵図は「白須たたら」として46mもの長さで鮮明に詳しく描かれている。
忘れ去る過去に驚く今の村人。

元タタラ場は調査が終わると以前の状態に埋め戻された。
今はダム湖の河原としてその場所があるだけ。
掘れば出る埋もれた昔ばなし。



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移住者の関心が集まる田舎。
田舎暮らしの選択で生活用水が問題になる。
昔の田舎暮らしは汲取便所と沢水や井戸水があたりまえ。
今は上下水道が完備された空き家もある。
慣れると臭さも苦にならないが、水洗便所はありがたい。
過ぎてきた暮しを忘れる新しい田舎。
見捨てられない暮しの場。


快適な田舎暮らして何だろう。
答えは選択肢にある。







by hama-no-koya | 2015-12-14 04:58 | Comments(0)
2015年 12月 10日

カワハギ




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寒くなるとカワハギの鍋が食べたくなる。
カワハギには種類があって姿や形や味も微妙にちがう。
固い紙ヤスリのような皮におおわれている魚。
食べるときに皮を剥ぐからカワハギの名前がついたのだろう。
どれもチョボクチで背中にアンテナがついている。

南日本海の漁村ではカワハギのことを総称でメイボという。
四角いカワハギは角メイボで馬の顔に似ているのはウマズラメイボ。
角メイボは夏が旬と勝手に決めつけている。
ウマズラハギは冬が旬で今が太りもよく鍋でも刺身でも美味しい。
刺身はあっさり系で似非フグの食感。
鍋にすると身も美味しいが出汁が特徴で日本人にしか理解できない旨いもの。
骨との身離れもよく子供にも食べやすく寄せ鍋にも適す。
刺身は薄くひくとフグかと思う見栄えと食味。
フグとカワハギの身質は似るが最大の違いは価格だろう。
冬の天然トラフグは万円だがカワハギは百円の世界。
水揚げ量の違いで味の差ではない差額。
希少価値の問題で食材用途はそんない変わらない。
カワハギが希少でトラフグが山ほど獲れれば値は逆転するだろう。
その昔はトラフグには毒があり市井では売れなかった。
フグを食べた有名人が旨いと広めた。
それからトラフグの価値が急に上がったと聞く。
島根のノドグロだって言えること。



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カワハギ類は漁村では雑魚扱いになる。
硬い皮で覆われて見栄えもしない。
値段も安く多く獲れれば鮮魚でなく加工用にまわされた。
今はデビュー魚になったがそれでも安い。
魚らしくないからだろう。



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カワハギは店頭に並ぶ頃は皮が剥がれているものが多い。
体長より厚みのある魚体を選ぶこと。
鮮度が落ちると鍋にした時に身が崩れやすいので新鮮魚を選ぶこと。
むき身なら艶の良さがあり陳列照明が反射する。
刺身で食べられるかは魚扱いの問題で素人には表示か店に聞いてみる。
カワハギの生身は新鮮なほど美味しい。
判断に迷えば火を通して食べるが安全策で食卓の基本。
活きたカワハギも時間が経てば鮮度は落ちる。
買った後の持ち運びや保管は個人。



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ウスバハギは大型のカワハギ。
松茸が出回る頃が美味しいと浜では言われる。
昔は、秋になると松茸も身近で、海ではウスバハギが普通に獲れた。
ウスバハギは淡白なだし汁なので松茸との相性がいい。
今は、ウスバハギは獲れるが松茸がない。

ウスバハギは真冬になると死んで海に浮くことがある。
浜に打ち上げれられたウスバハギを漁師は拾って汁にして食べる。
多い日には一人で何匹も拾うことがある。
拾った中には活きている魚もある。


店に並ぶカワハギは皮を剥がれことが多い。
カワハギにも種類がある。







by hama-no-koya | 2015-12-10 04:55 | Comments(0)
2015年 12月 06日

漁村のひろば




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冬場になると海が荒れる日が多い。
と思えば、うそのような穏やかな日和もある初冬。

漁に出れない日は港の広場に陸揚げした網の修繕をする漁師。
大敷網は大きな仕掛けなので網の量も多い。
陸揚げしても手間がかかる網。
大敷網は、道網・運動場網・箱網の三つの部分から構成される。
魚を誘導する網があり、集まる広場の網があり、獲る部分の網で行き止まる。
それぞれ網は構造や網目の大きさがちがう。
網は海上の固定したワイヤーロープにつりさげ全体を張り回す。
汚れた網を定期的に陸に揚げして、海にある網を陸の網と入れ替える。
大きな網は部分的に離して船に積む。



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魚を導く網は道網や垣網と言われる。
魚の通り道を網で遮断すると魚は網を沿い深い方に泳ぐ習性がある。
道網の終わりに通称、運動場網がありその先に箱網がある。
箱状の網で魚は行き止まリになり網に溜まる。
そこの網を揚げて魚を獲る。
魚を獲り終わると網を元の状態に戻す。

道網部分の水深は20〜30mだが総延長500mくらいある。
魚を獲る部分の網の色は黒いが道網はオレンジ系。
網糸も太めで網目も大きい。



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道網はたまに破れることがある。
大きく破れることは少ないが一目一目を点検修理する。
破れなくても網に海藻が付着して汚れる。
陸揚げされた網はきれいにして、海にある網が汚れたら入れ替える。
網に穴が開いたり、汚れると水揚げが悪くなる。
大敷網の大変さは年間数回行う海にある網の入れ替え作業。
魚を獲るだけが大敷網の作業ではない。
説明しただけではわからない大敷網の複雑な構造と仕事。
全てを知るには何十年もかかる伝統漁法。



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大敷網の仕事は海の上だけではない。
暇そうで忙しい大敷網漁。
昔から海辺の暮しを支えてきた。

戦後七十年経つがその前から村にあった大敷網漁。
苦労もあればおもしろいこともある。
漁村の広場に広がる網。







by hama-no-koya | 2015-12-06 05:06 | Comments(0)
2015年 12月 02日

漁村の住宅




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漁村に宅地が造成された。
新しく漁師になっても家がないから。
田舎に空き家はあるが住むには修繕や手入れが必要になる。
古民家には家主の見えない権利やおもいでもある。
そのまま入居できる家は滅多にない。
空き家になって数年が過ぎている物件が多い。
公営の賃貸なら空きがあれば即入居ができ大家が役場で契約も明確。
過疎の村にあえて公営住宅を建てる意味。
確定ではないが用地は魚村の希望。



のんびり海辺で暮らしたい人もいれば、
田舎に根付いて忙しく働いてみたい人もいる。
漁師に憧れる人もいれば、本気で漁師になりたい人もいる。
希望や夢を実現する生き甲斐。
村で生まれて年金を受給しながら働き暮らす漁師。
漁村の今を活きる人々。
苦労もあればおもしろさもある。

村の水揚げピークは昭和から平成に変わるころ。
魚の高値安定と漁具の近代化が漁師と集落を活性した。
資源も豊富で景気もよく魚を食べる人も多かった。
儲かっても漁村の環境整備は遅れていた。
今は漁港が整備され上下水道からインターネットまで使える漁村。
そんな中で水揚げは減り田舎人口も減り進む。
救急車の到着は約30分、高速道路まで1時間近くもかかる。
街から遠い田舎の漁村集落。
ありのままの現実。



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公営住宅を田舎町の中心部に集中して建てていた町。
利便性が入居者の大きな条件になるから。
良きも悪きも便利の悪さは田舎の特色。
人口が減る中で公営住宅の建設は希望もあるが反面もある。
不動産経営や開発とはちがう公営の目的意識。
空き家の活用と公営住宅は新しい田舎暮らしの選択肢。
田舎暮らしにも住処が必要。

田舎で暮らしてみたい人がいる。
移住者を集めるには何かのツールが必要になる。
砂金が出れば人は集まるがそれが無くなればゴーストタウン。
人集めは資源があれば容易で集まった人が村人。
移住の条件は様々で目的意識の強さで移住先が決まる。
仕事・環境・子育て・のんびり・・・。
近頃は本気になれば全国の津々浦々に入村ができる。
昔は漁業権を得るには味方が必要だった。
今は本人の気力と信用しだい。



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中学校の跡地に建った公営住宅。
田舎町にある公営住宅は、ここ数年どれも同じかたち。
個性豊かな町づくりといいながら公営住宅の既成概念もある。
地元産の木材で地元建築家が描いた公営住宅。
予算と基本構想は入居者でなく町役場。
建物の理想は収まりの良さ。



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漁村にある公営住宅の埋め立て地。
いつになるか知らないが集落に家が建つのは何十年ぶり。
上棟式には餅まきをしていた漁村。
消滅する集落もあれば、今を活きる集落もある。
単なる造成地だが漁村の希望。
空き家の活用と同時に進む公営住宅の建設。
住めば地に馴染む。
地道だが建設的で前向きな自治体。


過疎とむかいあう漁村の暮し。
爺さん曰く、
枯れ木にも花は咲く。







by hama-no-koya | 2015-12-02 04:32 | Comments(0)