浜の小屋

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2016年 01月 29日

散歩 その一




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何の変哲もない我が家の周辺。
30戸あまりの家が密集するひなびた漁村。
あてもなく時計回りに散歩する。
家の前にある道は狭いが以前は国道191号だった。
地中には上下水道が埋まり地上には電気やインターネット走る。
一見わからないインフラの整備。
新しい日本の田舎。



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集落の公民館。
地域住民にとっては無くてはならない建物。
漁村の寄り会い場だから。
エアコンが付いて消火栓が付いて厨房まで付いている。
これから先の40年はなに無く使用できる建物。
建物は自治会で管理する。
斜陽化しても体力のある自治会運営。
そこに人の暮しがあるから。



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大きな石で積まれた防波堤。
先人たちが残した今も使える集落遺産。
昔の石積み波止場にコンクリートでかさ上げして消波ブロックで補強した。
港内も深く掘り船着き場も整備した。
何十年もかかって修理や補強して広くなった港。
その時々の限られた厳しい予算で。
単発だが時代の上乗せで計画的に整備された漁港。
石積みの昔波止場が漁港の基礎になる。
海を開いてきた人々。



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子供の頃、台風で集落に波が入った。
それを機に防波堤が整備されその後は高潮被害がなくなった。
津波の被害はないが高潮の被害は周期的にあった過去。
日頃から災害に備えてきた漁村。



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海を見つめる小さな社。
今も昔も地域暮らしに必要なもの。
地元の人だけが知ること。


集落の散歩コースを地元目線で見ることにした。
何かの発見があるかも知れないから。
どれも田舎の資源。







by hama-no-koya | 2016-01-29 05:10 | Comments(0)
2016年 01月 26日

雀島




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漁村の近くにある雀島。
昔、「この領地には島がない」と土地を治める家老が言った。
庄屋は、「雀島という小島がある」と直に答えた。
松の木が一本だけ生えていた岩礁こと。

時代を超えてきた盆栽のような雀島の松が枯れた。
松枯れの原因はマツクイムシだろう。
村人は松をなんとかしたいが手の打ちようがない。
無惨な姿の雀島。
あれから何年も経った。



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松の木が枯れた雀島。
その昔を知るものにとっては何か足りない景観。
木が枯れると人の気持ちも枯れる。
そんな中で一人のおじさんが地道に動いた。

マツクイムシに強い松の苗木をどこからか探してきた。
島の岩壁を登って丁重に植えた松だが、
一本目に植えた松は2年ぐらい育ったが枯れてしまった。
おじさんはあきらめず次の松苗を植えた。
松は今も順調に育っている。



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雀島は渡るにも大変な島。
頂上近くにわずかばかりの凹地がありその場所に松を植えた。
登るにも大変なもろい岩壁。
松苗は直根でゴボウのような根をしている。
植え方が難しく付きが悪いが地に根付くと強いらしい。
自然界では実生で育つ松。
幹がある程度の太さになるとマツクイムシにやられる。
マツクイムシへの対策は今も道半ば。
環境を考えて、薬剤に頼らない品種改良なので時間がかかる。
村人の見守りとおじさんの挑戦は今も続く。
雀島の松を未来へ残すために。



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雀島の先にある岬は松の木で覆われていたが、
半島の松は全て枯れ、変わる草木がいつの間にか自生した。
成り行きの、ここ三十年でそうなった。

現在の町の人口は約3,500人、なにも手を入れないでいると
三十年後には約1,500人になるらしい。
「2040年までに896の自治体が消滅する」と日本創生会議(2014)は予測した。
今を生きる村人には先のことなどわからない。
自治体が消えても雀島の松は残る。


なにもしないと松が枯れやがて人も枯れる。
雀の涙にも意味がある。



付記:一回目に植えた松はテーダマツ(米松)で乾燥や潮風に弱かった?
   二回目は山口県改良のクロマツ(キララ松)。



by hama-no-koya | 2016-01-26 05:05 | Comments(0)
2016年 01月 21日

冬の光線




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冬の始まりは穏やかだったが本格的な冬将軍が居座った。
漁村にも初雪が降り海は容赦なく荒れる。
冬の日本海ならでの景色。



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人も寒いが猫も寒いらしい。
こいつらは寄り添って何を考えているのか。
古くから漁村に伝わる言葉の「土用猫」である。
春先の土用や夏の土用は猫の発情期。
季節の終わりが暦では土用。
冬の土用が終われば次の日から暦は春になる。
昔の猫はコタツでまるくなった。




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東京では雪が降るとニュースになるが漁村は寒いだけ。
その昔、妻と武蔵小金井で暮らした。
記憶では20cmぐらい雪が積もったことがある。
駅までの雪道が妙に楽しかった。
あの頃はスキーが趣味で夫婦で一級の腕前だった。
あれから40年近く板をはいていない。
履くのは仕事の長靴。



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漁村に「レンブラント光線」を知る人はいないだろう。
その意味を知らないが誰もが見ている。
見たことはないが、スペシュム光線を知る人は漁村にいる。
レンブラントとは有名なバロックの画家。
知らなくても暮らせる。


冬を楽しむことはできないが、
季節の中で普通に暮らしている漁村の人々。
天井からさす冬の光線。
大地は舞台。






by hama-no-koya | 2016-01-21 04:54 | Comments(0)
2016年 01月 17日

冬の漁村




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歩く人がいない冬の漁村。
晴れていても海からの北西風が冷たい。
自分が暮らす漁村を誰かに紹介するときには良いとこ撮りをする。
何でもない漁村を意図も無く写してみた。
住民の日頃目線でその時を。
客観的でもなく漠然とした田舎暮らしの動機から。
なんの変哲もないもの。
誰もが簡単に写真が写せる中で、
秋田駅にあった「あきたびじょん」の写真を思い出した。
古い写真だが時代を超えて人々に語りかける。
作者は写真家であり達人でもある。
秋田駅に降りたつ人を見送り迎える一枚のポスター。
「あきたびじょん」のコピーもいい。

そうだね「どこまでもニッポンでいよう!」
寒中で温かさを感じるが同時に指先の冷たさも感じる写真。
夜行バスで着いた早朝の秋田駅は寒かった。



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夏場は色とりどりの花が咲く浜の空き地。
冬場は単なる荒れ地。
冬の漁村に咲く花はない。
じっとして何もしないで春を待つひなびた漁村。



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がらんとした浜辺の物干し場。
春になるとワカメを干し、日常で洗濯物や魚のひものを干す浜辺。
天気の変わリやすい冬場に干すものはない。
寒くて日光浴をする年寄りもいない。



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ツタのからまる漁具倉庫も冬場は緑の葉がない。
海辺の花壇には花が無い。
殺風景だがどこかに人の暮らしを感じる。
かくれんぼのような冬の空間。
いつもと変わらない港。
季節は厳しいけれど平穏な冬の晴れ間。
生まれた漁村で今も暮らす。



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真冬でも穏やかな冬陽があふれる日もある。
漁師は海に出て漁をする。
漁師にとって曜日はあまり関係ない冬の仕事日。
年中働かなければ暮らせないから。
今朝も四時に起きる。


漁村に人がいないのは誰のせいでもない。
冬と向かいあう村人。
宮本常一のイザベラ・バード「日本奥地紀行」が読みたくなる。
ゆるやかな重なる想い。

そんな中、町では「阿武町版総合戦略」が動き出した。
どんなストーリーか早く読みたい。







by hama-no-koya | 2016-01-17 03:58 | Comments(0)
2016年 01月 13日

冬の魚3




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アマダイの延縄漁で釣れる魚。
本命は高級なアマダイだが外道として釣れる魚がいる。
色は似ているが姿や形が違い、値もちがう。
絵の中に四種類の魚がいる。
アマダイ・レンコダイ・イトヨリダイ・探せばホウボウもいる。
とある漁師の冬場の水揚げ。



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水揚げされた魚は選別され箱に詰める。
迅速で手早い作業。
高価なアマダイは丁重に専用の箱に詰める。
家族も手伝うがアマダイの箱詰めだけは釣った本人が行う。
箱詰めは商品の展示や装飾のようなもの。
それによってアマダイの付加価値が高まり高級品として流通する。
漁だけでなく漁師の経験と感性が問われる。



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アマダイの価値は計り知れない。
時期によってはとんでもない高値になる。
品不足もあるが、漁師のアマダイの取り扱いもある。
以前はアマダイの延縄漁は海上で泊まることが多かったが、
今は朝方出港して半日漁をして夕方には帰港する。
新鮮な日帰りアマダイを市場に出す。



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アマダイは高値だがレンコダイは安い。
お手頃で消費者には買い得な魚。
焼き魚と決まっているような魚だが煮ても食える。
以前は、祝いの善に尾頭付きで登場した。
昔は婚礼も和式が多くレンコダイの需要も多かったが、
今は結婚式も減り披露宴も様変わりした。

魚が安いということは生産者はおもしろくないが、
消費にとってはありがたいこと。
活きのいいレンコダイなら刺身でいける。
刺身は醤油だが、脂気の少ない魚なので塩とレモンとオリーブ油で食べる。
個人の好みかもしれないがワインとの相性がいい魚。
レンコダイも浮かびあがり、お手頃なシャルドネ種の個性が楽しめる。
活きのいいレンコダイが、打掛からドレスに色変わる。
生で食える新鮮なレンコダイを選ぶこと。
底引き網でとったレンコダイと、釣りのレンコダイが店頭に並ぶから。
魚の獲り方や扱いはいろいろあり鮮度も変わる。
食材探しは難しいが楽しさもある。




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通常は同一魚種を箱詰めするが一箱に足りないことがある。
イトヨリダイとホウボウが同じ箱に並ぶ。
魚の種類はちがうが食べ方や用途はそれとなく似ている。
この箱を浜ではマジリ(混)とよんでいる。
ホウボウの旬はあいまいだが冬のイトヨリダイは脂がのり美味しい。
海底の砂泥地に生息するこれらの魚が美味しくなる冬場。
寒い夜の鍋物は魚も野菜も人もいきる。
昔は囲炉裏端でつついた冬鍋。



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キハタもアマダイの延縄漁で釣れる。
キハタは鍋物がおすすめ。
マハタやアラの鍋物は高価で手が出ないがキハタはお手頃価格。
多くの消費者は魚のバラし方や食べ方知らない。
魚の消費がのびないわけもある。


アマダイの延縄漁は季節を問わない。
仲間の漁師が真冬の海で釣った魚の価値。
寒さの中で美しい魚。







by hama-no-koya | 2016-01-13 03:33 | Comments(0)
2016年 01月 09日

冬の魚2




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この冬はウルメイワシが異常に多い。
数年に無いイワシの大漁だが漁師の満足感はあるようで無い。
ウルメイワシはイワシ類の中でも人気は最下位で、
食用としてあまり市場に流通しないイワシでもある。
その原因は脂の無さと鮮度の下がりの早さだろう。
昔は加工用で魚粉にしたとも聞く。
丸干しにしてもマイワシやカタクチイワシに比べると味が落ちる。
不味いわけではないが、他のイワシと比べるから。
それでも蛋白源くらいにはなるだろう。



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獲れたウルメイワシをどうする?
捨てるにはもったいない。
萩の産地市場に出荷しても安くて経費で消える。
自家消費にも多すぎる。
新鮮ならば刺身でも食べられるが近頃はアニサキスを恐れる。
アニサキスはイワシなどの寄生虫で人の胃袋に入っても死なない。
過去に腹痛で悩まされた漁師もいる。
フライにしても食べるがアジフライに負け、量に限度がある。
煮て食べるが簡単でおすすめだろう。



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漁村では昔からウルメイワシをヒラキにして焼いて食べる。
塩味だと単調なので味醂に浸けて干す。
ウルメイワシのみりん干を知る人は少ない。
塩味の丸干しでも食べるがヒラキにしないと魚が丸いので乾きが悪い。
脂気と旨味分が少ないので味をつけて干す。
寒さと冷たい水と鮮度の落ない天気がイワシのみりん干しをつくる。
長年の積み重ねがウルメイワシの価値を地場で生かす。
イワシを無駄にしないで食べる苦肉の策。
言葉を変えればローカルフーズ。



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魚を開き頭と背骨をとり、特性のタレに浸ける。
タレが身にしみ込んだら頃合いを見てから天日で干す。
寒風にさらされて干物が出来上がる。
冬場の干物はハエもいないし水も冷たく気温も低く最適な仕上がり。
ウルメイワシのみりん干しは自家用で昔から漁村にある。
その味は製造者によって微妙にちがう。
甘口系あり醤油系もある。
不人気のウルメイワシを美味しく食べる漁村。



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市場価値の低い魚にも価値はある。
産業にしなくても隠れた地元味で美味しく地道に生き残れる。
ウルメイワシのみりん干しは店では滅多に買えない代物。
ウルメイワシの鮮魚値は極端に安い。

漁師の親父は80歳まで青魚を食ってきたが血液がつまり死んだ。
同じぐらい青魚を食っている60歳を過ぎた俺は頭が悪い。
サプリなら売れる?イワシはドコサへ行く。


イワシは海にとって必要不可欠な海洋資源。
魚たちの餌になるから。
ウルメイワシは人のためでなく海のためにある。
誰のものでもない海。

人は食物連鎖の中に入らない。
大昔から生きるために魚を食べてきた人。
道具を使って魚を獲る人。







by hama-no-koya | 2016-01-09 05:15 | Comments(0)
2016年 01月 06日

冬の魚1




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初漁とは仕事始め。
神様にお神酒と魚を供えて一年の大漁と無事を祈念する。
その後は恒例の飲み会が始まる。
会場は番屋で初漁で獲れた魚の刺身を切る。
神様の魚はタイ。
みんなの魚はアジとサバとソーダカツオとイカを切った。
正月の習わしとして呑み伝わる。



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タイの旬は桜の咲く頃かも知れないが年中獲れる。
冬のタイは大小を問わず太りがいい。
色形の美しいタイは昔から祭りやおめでたに使われる。

タイの色を保つために血を抜く。
近頃は神経〆とかあるが昔からエラと頸部から血を抜く。
タイはめでたいで正月の魚。



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今年の冬はヒラマサが多い。
大きさは3〜4kgクラスで一匹姿で売られることが多い。
一匹買は暮れから正月ならでの流通。
冬のヒラマサは太りも良く刺身でも焼いても美味しい。
アラは煮付けになり、捨てる部位がない。
冬場はブリが定番だがブリでなくヒラマサが好調。
冬には冬の魚が獲れるが、年によって種類や漁が多少変わる。
漁師はなんでも獲れれば良い。



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サワラの旬は春だが冬のサワラは脂がのって形がいい。
夏も獲れるが冬場は魚体が丸みをおびる。
サワラは焼き魚のイメージが強いが中大型は刺身がおすすめ。
刺身も行けるがあぶりも美味しい。
漁村では、魚が減る中でサワラは近年増えた魚。
サゴシとよばれる小型のサワラが多い。



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ケンサキイカは年中獲れるがヤリイカは冬の魚。
槍の穂先に似た魚体。
春先になると痩せてくるが今は太って肉厚で食べごろ。
オスのイカは大きく刺身が美味しい。
メスはオスの半分ぐらいの大きさだが春になると腹にタマゴが詰まる。
丸ごとで煮ても焼いても美味しいイカ。
別名を子持ちイカともよばれる。



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アジも周年獲れるが今時は小アジが多い。
アジ全体の水揚げは6月頃から秋が圧倒的多くて冬は少ない。
アジは魚屋では人気らしく少なくても需要はある。
アジの魚名を知る人は多い。
山口県で一番獲れる魚はアジかイカになる。


魚の季節感が無くなったと言われる昨今。
輸入や冷凍がそうさせたこもあるが、
業者が消費者のニーズ優先で儲かる魚の品揃えもある。
回転すし屋や量販店の需要から。
鮮魚売り場の言葉もあるが、浜では季節で魚が変わる。

朝獲れた魚が昼前には道の駅の直売所に並ぶ。
寒くなると大変な漁の裏側。

売れ筋のサケやイカに街での季節感は無い。
漁村には魚の季節がある。







by hama-no-koya | 2016-01-06 05:53 | Comments(0)
2016年 01月 02日

年の終わり、年の始め




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港に係留した老朽漁船。
春先のような年の暮れと新しい年明け。
妙に穏やかすぎる気もする。

今年のテーマは無題。
やることが無いのではない。
ありすぎてタイトルが定められないからである。
忙しく飛躍の年になりそうだ。
なんでもない漁村の思い切ったリセット。
細く長く生きるための節目。
先に備えるために。



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漁村の裏山に残る棚田道。
冬に備えて山盛りの薪を山から下ろす村人。
坂道は安全に後ろ向きで進む。
田んぼの周りに山がせまり日当り悪くなる棚田。
木を切り割って風呂の薪にする。
暮らしに備えるために。
年はとっても今を活きる人。
変わらないもの。



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海辺には水仙の花が多い。
その昔ギリシャから渡来し日本に根付いたらしい。
水仙が増えるのは球根に毒があるから。
イノシシやサルが食べない。
厳しい自然の中で生き延びるには毒や刺が必要になる。
植物の話だが集落にも言えそう。
攻めるより守り。



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暮れは三十日まで忙しく操業した。
魚の需要があるから。
何を思ったのかヒラマサが大漁だった。
暮れにヒラマサの大漁はこれまで経験したことが無い。
獲れたばかりのヒラマサが道の駅に並ぶ暮れ。
大敷網があるから魚が揚がる。
続けることの意味。



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漁村を走る長い列車。
大阪から下関まで臨時運行のトワイライトエクスプレス。
海を見ながら通過する豪華な列車と乗客。
どんよりした冬の日本海。
昔から陽があたらないからか山陰地方とよばれる。
雲は垂れても陽はのぼる。

村が消える時代の中で生き延びるにはどうする。
新しい策もあるが、
水仙は球根に毒を持って生き延びてきた。
毒は長年の積み重ねや根強い個性。
越前海岸の水仙は厳しい環境の中に群生していた。
美しさよりたくましい冬の花。
以前、ロシアのタンカー・ナホトカ号が冬の日本海で沈没した。
ドロドロの重油が真冬の越前海岸に漂着した。
重油の除去で寄せ集った仲間と二十日間近く三国で過ごした。
過ぎた話しだが忘れられない海辺の記憶。
海は誰のものでもない。


海辺で暮らすには海に向かいあうこと。
今更逃げることもできない。
それが今の実感。







by hama-no-koya | 2016-01-02 10:31 | Comments(0)