浜の小屋

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2019年 01月 14日

冬の光

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この冬になって雪が降ったことがない海辺の村。
とは言っても季節は冬。
鉛色の雲が垂れ込み、時おり冷たい雨が通過する。
これからが冬本番の空模様。


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冬なのに、たまに穏やかな夕暮れ時もある。
陽が落ちる頃、汽車の橋を通過する一つ箱の車両。
陽が向こう正面になると村の赤い瓦屋根が影って見える。
村人が曰く、線路の名前は山陰本線。

冬の光は気ままな現象。


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我が家の夕暮れ。
美しいと思うがどことなく寂しくもある。
冬の夕暮れは太陽が南に位置する。
この頃を境に夕暮れの時間がだんだんと遅くなる。
暦の上は節分までが冬。


春の兆しがする、やわらかい光の冬景色。
束の間でも幸せな田舎暮らし。









# by hama-no-koya | 2019-01-14 05:15 | Comments(0)
2019年 01月 09日

冬の海辺

不定期だが年間数回、集落周辺の浜掃除をする。
前回は11月に村の漁師仲間と秋の漂着ゴミを回収した。
その翌日から徐々にゴミがたまる海辺。
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海岸のゴミは人が地道に拾って集める。
大きさ、形、重量、材質、前の使用目的、何から何まで違う。
中身が半残りの容器まである。
再利用できる拾い物や金目のもは何一つない。
厄介なものばかり。
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11月に約2時間の作業で集めたゴミの山。
集めたゴミは町役場が引き取るがその先どうなるのか・・・。
おそらく最終処分場行きになるだろう。
ゴミ処理にはお金がかかる。


夏場のゴミと冬場のゴミは多少異なり量も違う。
冬場は何かのポリ容器が特に多い。
日本海に面する海岸は北西の季節風を真面もに受ける。
太平洋側はそうでもない。
浮遊のゴミは海流や波風に流される。
地形により、場所によってはゴミの吹き溜まりになる。

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海岸にゴミが漂着するから海のゴミが減る。
海に沈むゴミはどうなるのか。
終わりのない「いたちごっこ」の浜掃除。
これからが冬本番。


田舎で暮らすからには夏には草を刈り、
浜の掃除もあれば、たまには道端の空き缶も拾う。
延々と続く村のメンテ・・・ 。








# by hama-no-koya | 2019-01-09 04:49 | Comments(0)
2019年 01月 05日

新しい年

大晦日に聴く音楽がある。
前の年は『春の祭典』で、今回は<椿姫>だった。
あくまでもCDの世界である。
選んだ理由は暮れに田舎町で素晴らしいソプラノを体感したから。
その歌声は聴衆の想像をはるかに超えていた。
若き歌姫が近々CDデビューする。
『野々村彩乃』のCDと先にある円熟期が待ち遠しい。


今回の年越しは最高峰のソプラノ『アンナ ネトレブコ』のCD [sempre libera]。
その指揮はあの「クラウディオ・アバド」。
歌劇『椿姫』から「花から花へ」のタイトルで、歌詞を深読み聴くとトランス状態おちいる。

意味不明・・・「不思議だわ!ふしぎだわ!」。
「私はいつだって自由」。
俺には高いEフラットの凄さは知らないが、想像の世界で歌姫が高級な娼婦と重なる。
歌っている歌詞は、わからなくても情景から大人心が伝わる。
女の気持ちでも、男の気持ちでもないもの。
それは、冷たくも暖かくもある。
感じるやるせなさ。


今回は聴くアンプを変えてみた。
ラックスマンとトライオードは2台とも真空管のプリメインアンプ。
オンキョーはプリとパワーのセパレート。
真空管は趣味でもないが単なる長年のご愛顧から。


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どの組み合わせが「ベスト・オブ・アンナネトレブコ」と選ぶことができないものがある。
同じ一枚のCDだが、機種によって微妙に変わる歌姫の年齢のようなもの。
オケを指揮するアバドと歌うネトレブコの緊張や気持ち。
洋物だが、どことなく一期一会。

ヴェルデイの時代再生や人の温もりは真空管が似合うと自分勝手に思ったが、
作曲・演奏・収録・制作・・それは自分好みで機種を選べない。
それぞれの人や機器に個性や表現力があるから。


これこそが年明けから、「無意味なうわごと」
『自分好みで自由にすればいい。』

とおまわしだが、気がつけばなんでもないこと。









# by hama-no-koya | 2019-01-05 07:40 | Comments(0)
2018年 10月 07日

大敷網の修繕

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網の修繕はいろいろ。
大敷網は定置網なので、長ければ数ヶ月の間は海の中にある。
その間に波は立つし繊維も疲労するので網の破れも生じる。
網破れは大小様々で、修繕は網目の小繕いから新網の移植まで幅広い。
その修理作業は簡単そうでも、やれば時間もかかるし複雑。
何十年経った漁師でも、網の切合せや裁断ができる人は限られる。
漁師と職人を持ち合わせた貴重な監督兼選手。
年月の積み重ねが一人前の網師を育てる。

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破れた小穴を修繕して移植する新しい網を縫い合わせる工程。
竹で作った網針に糸を巻、小破れを網目に修復する。
繰り返しでリピートな作業。


旅先のナポリで地元漁師と網の修理をしたことがある。
網針は金属製だったが網の修理方法は日本とほぼ同じだった。
言葉は通じなかったが漁師気が投合した。
俺のことをジャポネと呼び地中海調子で気さくな旅幕だった。
ロープの結び方や網の修繕はワールドワイド。
大切なものは旅人の気持ち。
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網の修理が完成した時はホッとする。
途中で間違いがあると、最終工程の網目が三角や五角形になる。
定置の網目糸は四か所の十字で交わるから。
これが本物のネットワーク。

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周りには分からないが、業界には専門の用語や知識がある。
旅人はそれを垣間見るだけでも面白い。
分からないから探し想像する。

秋晴れに網の修繕をする漁師たちがいる。
珍しくもないが大切な風景。






# by hama-no-koya | 2018-10-07 09:21 | Comments(0)
2018年 09月 30日

家のそばに小川

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山と海の境界にある漁村集落。
古い赤瓦の民家が入り組み、軒先きがそこらで重なる。
先人たちは限られた空き地に暮らしの家を建てた。
中には空き家もあるが、古くても家として現役で残る漁家。

築百年は経つと思う古民家の我が家。
玄関先に小川が流れる、生まれた家で何十年も暮らす漁師。
家を建て替えるお金が無かったから。
潰しのきかない地道な暮らし。


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古くて不便な家の周りをいじってみた。
旅先で出会った風景を思い出しそれを自分のかたちにした。
図面も知識もなく、ありきたりの手前道具で。
材料はホームセンター調達した。

玄関先にある上下水管やボイラータンクはむき出しに。
パリで見た、完成しても工事中のような美術館の建物が浮かんだから。
川の小滝は、東京にある椿咲く庭園荘。
小橋は無理やりクロードモネで、手すりは津軽の橋を真似た。
無茶苦茶で、素人の思いつきを形にしただけ。

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 なんとなく高知県の北川村へ行きたくなった。
 遠くて過ぎてきた旅先の風景。
 告白しなければ誰も気がつかない自分だけの世界。
 意識しない寄せ集めの美しさ。
 
 それも漁村の風景。
 


# by hama-no-koya | 2018-09-30 18:34 | Comments(0)