人気ブログランキング |

浜の小屋

hamanokoya.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:未分類( 952 )


2019年 06月 14日

トビウオの刺身

d0159062_14491864.jpg
山口県の日本海側ではトビウオの盛り。
山陰地方ではトビウオのことをアゴと呼ぶ。
水揚げされるのは、角アゴと小ぶりの丸アゴの二種類。
その多くは大敷網でとれる。

かつてはトビウオ漁の専業船がいたが今はいない。
トビウオの価格が安いからだろう。
我が家もこの時期になると刺し網でトビウオをとっていた。
あの頃は、田植えの時期と漁期が重なるので忙しかった。
夜明け前に網を海に入れ朝方に揚げる。
網の目に刺さったアゴを一匹ずつ手間で外す。
あまり儲かる漁ではなかったが、網を入れれば魚が確実に獲れた。
朝の浜辺はアゴ網漁で風物詩のようにぎわった。
何十年も前の過ぎて来た地元話。

変わらないトビウオの味。

d0159062_14511244.jpg
トビウオの漁期は5月ごろから7月まで。
回遊の目的が産卵なので産卵前の魚の方が美味しい。
産後は刺身も食えるが、丸アゴは炙りぶしなどに加工される。
アゴのだしは癖がなく繊細で特別の海味。
使って知る天然の調味料。

トビウオの刺身に色とかたちをつけてみた。
姿造りは日本の食文化。
なんとも言えないが、味より見た目で勝負。
醤油もいいが、幅広く塩レモンやオリーブオイルを意識した。
音楽の世界ではアレンジやカヴァーがあるが、
これは漁師のオリジナル。


店頭でよく聞く言葉。
この魚はどうやって食べるの?





by hama-no-koya | 2019-06-14 16:21 | Comments(0)
2019年 06月 05日

子供の無題作品。

d0159062_15092991.jpg
6月なのに真夏のような天気が何日も続く。

集落にある砂場。
その場所は自然の浜辺。
子供達が海辺に残した作品。
何を表現したのか不思議な造形をしている。
奥行きや広がりを感じて面白い。
見方によれば芸術。

山のかたち、穴の場所、小石の集まり、おさまりもいい。
無垢な子供の遊び心と発想。
私には砂山が原住民の古代遺跡に見える。
もしかして、集落のご先祖様はアフリカから来た・・・。
なんとなくトルコかスペイン風。
瀬戸内の直島を思い出す。

ここは漁村で、アート・ミュージアムではない。
消えてしまう作品の展示。
美術館でも公園でもない、オープン・エアー・ミュージアム。
なんでもない田舎の日常洞察。


誰もいない子供達が帰った夕暮れの浜辺。
砂に残した夢のかたち。







by hama-no-koya | 2019-06-05 16:24 | Comments(0)
2019年 05月 14日

宇田郷駅



d0159062_16391460.jpg
懐かしいと思う人は宇田郷で生まれた人。
海辺にぽつんと一軒家。
この駅から萩や益田に通った元高校生。
忘れかけたひと昔。


d0159062_16394274.jpg
この春まで現役だった駅舎。
いつの間にか駅名の看板が無くなる。
かつては、1日の利用者数が100人はいたと思う。
駅舎の末期、列車に乗る者は数人。
建物は朽ちても宇田郷の駅舎はそこにあった。
地元にとって必要だから。


d0159062_03405988.jpg
この春、駅舎が建て替わった。
バス停のようだが、小柄でも立派な宇田郷駅。
地方の線路が廃線になる時代。
生き残りの勇姿。

d0159062_16395965.jpg
駅前にある海。
晴れた日の夕方には海に陽が沈む。
海辺の横断歩道。
道を歩く人は滅多にない。
田舎だから。

d0159062_03413934.jpg
国道の護岸が侵食され、嵐には波が駅舎まで近づいた。
工事が始まって3年は経つだろう。
そのうちに完成する。

いつか故郷へ帰ったとき、
駅舎と海と夕陽が迎えてくれる風景。

尾無の漁師Mより。


by hama-no-koya | 2019-05-14 04:45 | Comments(0)
2019年 05月 07日

五月の海辺

d0159062_17325625.jpg
5月になって7日たつが晴れた日ばかり。
のんびり海辺で朝飯を食べる人。
海からの風が薫る。

旅人は東京からオートバイでやってきた。
なんでもない漁村へ。
ここはもしかして落ち着ける場所
自分だけの旅空。
目がさめるとそこに海がある。
自然のカフェ。



d0159062_17332747.jpg
漁村の日陰。
谷川でもなければ小川でもない。
それでも水が流れる。
暑さと寒さの間にある丁度いい季節。
おとなしい午後の日陰。
出歩く人はいない。
外観はのんびりでもなんとなく忙しい田舎暮らし。
何十年も繰り返してきた人暦。


昔は漁村の空にも鯉のぼりが泳いでいた。
男子が生まれてたから。





by hama-no-koya | 2019-05-07 18:06 | Comments(0)
2019年 05月 01日

船のエンジンが壊れた。

d0159062_18364500.jpg
これは朝日ではない、変わらない我が家の夕暮れ。
年号が今日、「令和」に変わった。


35年前ぐらいに建造した愛船「加州丸」のエンジンが今日壊れた。
専門家の診断では、シリンダーに水が回ったので再起不能。
エンジンを乗せかえるしかない。
私の年齢を考えると、新品はいらない・・・。
それにしても長持をした機械。
ご苦労さまでした。

「加州丸」の船名は「夢のカルフォルニア」からだった。
あの頃、単なる憧れで命名した。
父の後を継いで漁師になった訳ではないが漁師になっていた。
苦労も多いいが楽しみもあった平成時代。

エンジンが壊れて思った。
現役漁師として、もうひと頑張りしようと。

海に沈む前に赤く燃える陽。








by hama-no-koya | 2019-05-01 19:23 | Comments(0)
2019年 04月 26日

一つだけの空

d0159062_17512926.jpg
春でも夏でもない海辺の夕暮れ。

草薮に根付いた浜大根の花。
たくましいだけで花の美しさは感じない。
自然に咲く野生の花。
いつもの浜道。

数年前に浜大根を食べたことがある。
何かに使えないかと生で試食した。
市販の大根に比べると短くて、いびつでひげ根も多い。
その後が大変だった。
お腹の激痛と吐き気を模様した。
自分で運転できない、救急車は恥ずかしくて呼べない・・・
病院の診察結果は尿路結石だった。
一晩、病院へ泊まり翌朝に結石が尿と一緒に出た。
最初はてっきり浜大根の毒にやられたと思い込んでいた。
あれ以後、浜大根は食べていない。

昔の人が曰く、大根は煮ても焼いてもあたらない。

d0159062_17505163.jpg
妻が植えた海辺の花。
庭でも花壇でもないオランダでもない水辺。
ここは日本の漁村。
妻が曰く、暇だから花を植えた。
風景も暮らしも天然。
もの寂しくもあるが一つだけの空がある。


子供の頃、カラー映画を天然色と言っていた。
気ままでも忙しい田舎暮らし。














by hama-no-koya | 2019-04-26 18:24 | Comments(0)
2019年 01月 26日

漁村に住みついたアヒル

d0159062_10201490.jpg
村に住みついたアヒル。
尾無の漁港にやってきて今年が三年目の冬になる。
何処からきたのか海を泳ぐアヒル。
大水で川から海へ流され、さまよいながらたどり着いた漁村。
たった一羽で日々を過ごす。

いつも仲間はいないが、冬場になるとたまに野鴨がやってくる。
鴨だけがアヒルの友達。
カモメは年中いるが、アヒルとは仲が悪い。
カモメがアヒルの領域に近寄れば本気で追いかける。
まぎれもないカモメの領海侵犯。


海辺で暮らせば、穏やかな日暮れもあれば荒れる日もある。
のんびりもあれば、厳しさもある。
何を思うのか、荒れた海で果敢に泳ぐこともある。
自然の中で生きている。

d0159062_10203931.jpg

アヒルは大手損保会社やアミューズメントの看板キャラクターでもある。
その役割や意味がなんとなくわかる気がする。
寒空に、漁村に流れ着いたアヒル、健気な生き様を感じる。
感性でも無性でもない気持ち。


朝から雪混じりの冷たい雨が降る海辺の村。
寒さと可愛さとたくましさ。
そこで暮らす意味。

アヒルは人々を幸せにする。










by hama-no-koya | 2019-01-26 11:28 | Comments(0)
2019年 01月 14日

冬の光

d0159062_05544568.jpg
この冬になって雪が降ったことがない海辺の村。
とは言っても季節は冬。
鉛色の雲が垂れ込み、時おり冷たい雨が通過する。
これからが冬本番の空模様。


d0159062_05552256.jpg
冬なのに、たまに穏やかな夕暮れ時もある。
陽が落ちる頃、汽車の橋を通過する一つ箱の車両。
陽が向こう正面になると村の赤い瓦屋根が影って見える。
村人が曰く、線路の名前は山陰本線。

冬の光は気ままな現象。


d0159062_05561195.jpg
我が家の夕暮れ。
美しいと思うがどことなく寂しくもある。
冬の夕暮れは太陽が南に位置する。
この頃を境に夕暮れの時間がだんだんと遅くなる。
暦の上は節分までが冬。


春の兆しがする、やわらかい光の冬景色。
束の間でも幸せな田舎暮らし。









by hama-no-koya | 2019-01-14 05:15 | Comments(0)
2019年 01月 09日

冬の海辺

不定期だが年間数回、集落周辺の浜掃除をする。
前回は11月に村の漁師仲間と秋の漂着ゴミを回収した。
その翌日から徐々にゴミがたまる海辺。
d0159062_16593303.jpg
海岸のゴミは人が地道に拾って集める。
大きさ、形、重量、材質、前の使用目的、何から何まで違う。
中身が半残りの容器まである。
再利用できる拾い物や金目のもは何一つない。
厄介なものばかり。
d0159062_17000755.jpg
11月に約2時間の作業で集めたゴミの山。
集めたゴミは町役場が引き取るがその先どうなるのか・・・。
おそらく最終処分場行きになるだろう。
ゴミ処理にはお金がかかる。


夏場のゴミと冬場のゴミは多少異なり量も違う。
冬場は何かのポリ容器が特に多い。
日本海に面する海岸は北西の季節風を真面もに受ける。
太平洋側はそうでもない。
浮遊のゴミは海流や波風に流される。
地形により、場所によってはゴミの吹き溜まりになる。

d0159062_17003883.jpg
海岸にゴミが漂着するから海のゴミが減る。
海に沈むゴミはどうなるのか。
終わりのない「いたちごっこ」の浜掃除。
これからが冬本番。


田舎で暮らすからには夏には草を刈り、
浜の掃除もあれば、たまには道端の空き缶も拾う。
延々と続く村のメンテ・・・ 。








by hama-no-koya | 2019-01-09 04:49 | Comments(0)
2019年 01月 05日

新しい年

大晦日に聴く音楽がある。
前の年は『春の祭典』で、今回は<椿姫>だった。
あくまでもCDの世界である。
選んだ理由は暮れに田舎町で素晴らしいソプラノを体感したから。
その歌声は聴衆の想像をはるかに超えていた。
若き歌姫が近々CDデビューする。
『野々村彩乃』のCDと先にある円熟期が待ち遠しい。


今回の年越しは最高峰のソプラノ『アンナ ネトレブコ』のCD [sempre libera]。
その指揮はあの「クラウディオ・アバド」。
歌劇『椿姫』から「花から花へ」のタイトルで、歌詞を深読み聴くとトランス状態おちいる。

意味不明・・・「不思議だわ!ふしぎだわ!」。
「私はいつだって自由」。
俺には高いEフラットの凄さは知らないが、想像の世界で歌姫が高級な娼婦と重なる。
歌っている歌詞は、わからなくても情景から大人心が伝わる。
女の気持ちでも、男の気持ちでもないもの。
それは、冷たくも暖かくもある。
感じるやるせなさ。


今回は聴くアンプを変えてみた。
ラックスマンとトライオードは2台とも真空管のプリメインアンプ。
オンキョーはプリとパワーのセパレート。
真空管は趣味でもないが単なる長年のご愛顧から。


d0159062_14014489.jpg

どの組み合わせが「ベスト・オブ・アンナネトレブコ」と選ぶことができないものがある。
同じ一枚のCDだが、機種によって微妙に変わる歌姫の年齢のようなもの。
オケを指揮するアバドと歌うネトレブコの緊張や気持ち。
洋物だが、どことなく一期一会。

ヴェルデイの時代再生や人の温もりは真空管が似合うと自分勝手に思ったが、
作曲・演奏・収録・制作・・それは自分好みで機種を選べない。
それぞれの人や機器に個性や表現力があるから。


これこそが年明けから、「無意味なうわごと」
『自分好みで自由にすればいい。』

とおまわしだが、気がつけばなんでもないこと。









by hama-no-koya | 2019-01-05 07:40 | Comments(0)