浜の小屋

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2011年 06月 28日

浜に植えたスイカ・・・

妻が何を思ったのか?浜にスイカの苗を一本だけ植えていた。
そのスイカに野球のボールくらいの実が付いた。

スイカは畑に植えるものだが・・・
浜辺に植えたスイカは親しみを感じる。
俺は黙ってそれを見ているだけ・・・

でも心配することがある。
浜辺には悪戯カラスが多いのでそいつらの餌にならないかと・・・。
先日、アジの干物がやられた人もいた。
カラスは人が食べるものなら何でも食べるから気をゆるせない。
昔は子供たちの歌に出てくるなじみの鳥だったが・・・・

猫も浜辺に多いいが魚は食べてもスイカやキュウリは食べない・・・・?
対策は手の届かない所にアジの干物を干せばいい。
しかし昼夜を問わず出没する。

昔の漁村はそこらで干物や洗濯物を見かけた・・・。
今はあまり見かけなくなった。
冷蔵庫や洗濯機の普及が原因だとおもう?

すっきりしない梅雨空の毎日だが・・・・
もう直ぐに浜辺に植えた数本のヒマワリが咲きスイカが食べられる。
ささやかだが希望や幸せのかたち・・・。
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by hama-no-koya | 2011-06-28 17:18 | Comments(0)
2011年 06月 25日

カワハギ

カワハギにはいろいろな種類がいる.
昔から皮を剥いで食べるからカワハギと呼ばれると思う?
フグも皮を剥いで食べるが、毒性が強いので一般家庭で調理しないからフグと呼ぶ??
意味不明だが、どこかで区別をつけないと大変なことになる。

魚の名前は、色や形や食べ方の特徴で大昔からローカル・ネームで呼ばれている。
海に囲まれた日本の魚は地域色があり、それらが集大成したものが魚文化や産業となった。
魚の学名は共通語みたいなもの。 図鑑や学会や流通がなければどうでもいいこと。
俺の地方では昔からカワハギのことをメイボと呼ぶがなに一つ困らない。

店頭に並ぶカワハギは、夏場はカワハギが多く冬場はウマヅラハギが多い。
いずれも魚体の薄いものより厚い魚の方が美味しい。
その個体差は生殖能の低下とともにやせてくる?・・・つまりは高齢魚は痩せが多い。
餌を獲ることの上手な魚の成長は早く、太りも良く運動もしてストレスも溜まらなく美味しい。
広い海で生息する全ての魚に言える基本的なことだと思う。

カワハギは血液や肝臓に餌にした磯の香りが蓄積される。生で食べるときには血抜きをすると良い。
たまに血抜きしたカワハギを店頭見かける。
理想は残酷だが生きた魚の背中刺を頭部に残したけい部に包丁を背骨まで入れ、後は手で引き裂く。
包丁を内臓に入れると肝が破壊するので臭みが周辺に広がる。

専門店では刺し身に肝を付けて食べるが素人調理にはお奨めできません!!
フグとカワハギは親戚みたいなもの。もしも毒フグの肝を刺し身に付けて食べれば死に至る!!!。
カワハギだと確実に見分けが出来る人なら別だが・・・。

生き〆したカワハギの薄造りは、それだけ食べても磯の香淡く美味しい。
特に夏のカワハギは、早めの調理が良い食感となる。
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by hama-no-koya | 2011-06-25 09:34 | Comments(0)
2011年 06月 24日

初ガツオ・・・?

今朝、定置網に大型のカツオが1匹だけいた。
太平洋を日本列島にそって北上するカツオの群れは今頃宮城県沖?だと思う?
カツオ漁が目的の船は、カツオが大群れ移動する太平洋が漁場となるが・・・
日本海にも北上するカツオはいる。

俺地方は9月下旬頃から日本海を南下する「戻り鰹」が定置網で本格的に獲れ始める・・・が
カツオは年によって沖合いを通過したりするので水揚げも居る居ないが極端の差になる。
水温や海流を敏感に反応する魚と昔から言われてきたから。

30年の漁暦で一匹だが俺地方の6月にカツオが獲れることは珍しい・・・
とは言ってもブリは冬から春先が漁期だが真夏にもたまに獲れることもある。
海はおもしろい・・・?魚がおもしろい・・・?

梅雨に入って天気はどんより日が多いが降水量は今のところ少ない・・・
何を思ったのか昨日・今日と気温が30℃を超えた。
体が熱さに慣れれいないので体感温度は+3℃はあると思う。
それに湿度も高いから・・・
昔、こんな日は不快指数を計算していたが今は言葉にも出なくなった。
エアコンが不快の言葉を消したが・・・・。

どうでも良いけど「大雨が降らないと梅雨が明けない」と昔から言う。
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by hama-no-koya | 2011-06-24 14:31 | Comments(0)
2011年 06月 21日

住めば都

青春時代の「住めば都」は・・・・
住む場所は東京で、田舎で暮らすより都会で暮らしたほうが楽しい!!
たしかにあの時代は仕事も勉強も芸術も遊びも全てが都に集中していた・・・?。
それで俺も本気でその路線を歩んでいた。

今になってほんとうの「住めば都」の意味合いを暮らしのなかで実感する。
ある場所で長年暮らせばその地が都会であろうが田舎であろうが都のようになる・・・・?
ほんとうの意味は不便や平穏の暮らしだが・・・・田舎で暮らしてもそこがが都になる!!
引っ越したばかりの不安を希望に変える言葉でもある・・・。
もちろん自分の気持ちや考え方のこと。

「難民の日」があることを始めて知った・・・そこは対岸であり俺が日本人だからと思う。
アジアやアフリカでは紛争から逃れ、住む場所がない人たちが数えきれないほどいる・・・
日本は難民の受け入れをこれまで何人してきた・・?
お金の面で支援してきたから(緒方様ごめんなさい)・・・・・。
世界中には「住めば都」は無数にあるのにだんだんと「住めない都」になってしまう・・・。
俺はその現実を知る無力さだけ・・・。

これまでの「住めない都」の多くは紛争によるものだったが・・・・
近頃は環境汚染による「住めない都」も現れてきた・・・・?。
平穏な田舎暮らしも・・・
環境汚染は対岸の火事とは言えないような気もする・・・。
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by hama-no-koya | 2011-06-21 16:39 | Comments(0)
2011年 06月 18日

一日のできごと・・・

午前4時20分いつものように起床する。
いちばんにすることはCATVのローカル天気予報をみる。
対馬(長崎)と見島(山口)と隠岐(島根)の灯台天気概況をチェックする。
目的は海上の状況で風向・風力・気圧・天気・・・。

基本的には天気の変化は西から東へ変わるが、局地天気は風向きによっても変わる。
つまり・・北風が吹けば雲が北から来て雨や風が同行する。
各灯台の天気概況で俺地方の海上天気を漁師目線で予測する。
天気予報の基本は天気図で、その次がレダー観測による雲の濃さと範囲の移動状況。
漁師は専門家の予報に私的な予測を加えてその日の天気を判断する。

お天気番組の解説や進行はどこの局もビジアル系のお姉さまが担当するが・・・
生画面に近く・・・お洋服やお化粧がその日を表すので季節や街風まで感じるリアルティ。
だから気象予報士さんは画面で毎日会う人なので・・・なぜか親しい人になる。
タレント性より近所のお姉さま性の高い女性が多い。

叔父さんが担当するのは台風の日で、普段の天気の移り変わりはお姉さまが最適だと思う。
天気予報は外れれることもあるのでうらめない人が当たる人事・・・・?
番組間のリフレッシュやブレイク・タイムの目的もあるのでさわやかな人がいいから・・・?
某国営テレビ局では夕方7時前の天気予報担当の女性は超ロングランであった・・・
動きもボイスも間も完璧すぎて近寄りがたいお姉さまタイプだったが今はいずこへ・・・

もしかして天気予報は自然界で働く人、遊ぶ人の商売や命まであずかる・・・?
各局のお姉さま・・・朝早くから夜遅くまでほんとうにお疲れ様です。
いつか何処かでお会いできましたら”ありがとう”とお礼を言わせてください。
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by hama-no-koya | 2011-06-18 07:49 | Comments(0)
2011年 06月 16日

アジ・・

今時いちばん美味しい魚は・・・?
誰かに聞かれれば何の迷いもなくアジと答える!!

アジは大きくなると50cmくらいになるが・・・
今頃獲れるサイズは20~30cmくらいでいちばんの食べごろ。
産卵期なので体力をつけるため春先から大食いをしているので肥満体になっているから
この肥満アジは刺し身でも焼き物でもなんでもいける。

俺はここ数日旨いアジを毎日食べているが不思議と飽きない・・
食べたいとか・・・無理してとかでなく日常でアジがこの時期になると食卓にならぶから・・・
それでも肉の脂に比べ魚の脂が俺の体に適しているから飽きない・・・
年齢のせいかもしれないが・・・

沿岸の定置網漁はアジの餌さとなるプランクトンや小魚をが豊富な場所なので魚の生育も良い。
回遊魚は移動しながら餌が豊富な場所が見つかれば集り滞留するのでそこが好漁場となる。
海は広いが好漁場は意外と狭くそれも昔から決まっている。

どんよりとした梅雨空が恵みの雨を海にもたらす・・・?
農業の言葉世界でなく漁業でも言えること。
もしかして人の暮らしにも・・・・
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by hama-no-koya | 2011-06-16 15:10 | Comments(0)
2011年 06月 13日

馬糞の解禁

山口県では馬糞を食べる・・・・!?
昔から6月10日は馬糞の解禁日である。

本物の馬の糞ではなく海に生息するバフンウ二のことである。
殻径は3~4センチの小型のウニだが見た感じの色・形が馬の糞に似ているから。
学名はバフンウニだが俺の地方ではウマグソと昔から言う。

バフン採りは素潜り漁で行われるが水深が1~3mの浅い漁場。
海底の岩の下や割れ目にウニが居るので石を起すか・・かき出して採るので簡単ではなく・・
それに力も根気も必要になる。
操業時間は俺の漁協では8時~12時と短く、午後は自宅でそのウニの殻を割り身を取り出す。
これにも手間がかかる・・・。
黄色い身の部分だけを丁重にあつかいその日のうちに漁協でビンに詰められる。
多くはアルコール漬けだが一部は塩漬けにもされる。

一瓶に90gくらい?ウニが入っていると思うが・・・2000円近くもする高価な製品になる。
どんな味がするかは食べた人でないと語れないが・・・美味しい系の珍味。
バフン漁期は6月と7月の2ヶ月と短いが・・・
漁村の風物詩として俺(61歳)が生まれた頃からバフンウニ漁とビン詰め加工がされている。

俺はバフンウニを今は採らない・・・。
以前は親父とおふくろが居たから家内で一部加工もしてバフンの水揚もそこそこあったが・・・
妻と2人暮らしでは手間不足になったから・・・。

のどかな漁村の風物詩が風物史に変わる・・・
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by hama-no-koya | 2011-06-13 16:52 | Comments(0)
2011年 06月 10日

雨らしい雨

山口地方も梅雨に入っていたが雨らしい雨が降っていなかった。
午後から雨になったので畑の作物は喜んだ!!

我が家の田んぼは耕作放棄地だが・・・
海を見下ろす集落の田んぼは田植え盛りで漁師仲間は忙しい。
漁師が田植えに忙しい・・・?

以前の漁村では集落35戸中25戸くらいは漁業と田んぼを作っていたが・・・
今では田んぼの作付けは5戸だけになった・・・・それも本業漁師のかたわら。
だからこの時期には集落の漁師が田んぼに稲を植える・・・
俺も数年前までは我が家の田んぼで田植えをしていた。

全国には棚田も多いが海辺の棚田はお米が海辺の田んぼの味がする。
俺の思い込みかも知れないが・・・?
作付け品種は「ヒノヒカリ」が多く少しシャリシャリ系だが炊きたても・・・お弁当も美味しい。
たまに妻が新鮮魚の似非鮨をにぎるが米と魚の相性も良い。
それに栽培管理も茎が硬く強風にも倒伏しないい頑丈な稲で刈り取りも楽である。
生育環境が厳しい海辺の棚田は特に丈夫な稲作りが求められる。

俺は過去に「ヤマホウシ」を専門に栽培していたがある年の台風で全ての稲が倒伏したことがある。
単位収量が多い品種で選んだが草丈が長く茎が硬くないのが原因で・・・。
それでも無理やり刈り取りをした・・・・
刈り取りに日数がかかり雨に打たれた稲穂から芽が出たこともある・・・。
風土に適合した品種の選択は食料の安定供給につながる。

漁村の田んぼは、稲作かも知れないが昔から食料の自給が目的のようなもの。
大昔は貧乏藩が生産基盤の整備のために山を田んぼに開墾したことが始まりだったが・・・
その時代から見れば・・・今は農地の作付け面積は半分以下になってきた。

海辺の棚田は昔から集落にあるが・・・数々のローカル・ドラマのロケ地でもある。
フィルムコミッションもなんにもない自作自演の・・・?。
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by hama-no-koya | 2011-06-10 17:48 | Comments(0)
2011年 06月 08日

福島の旅

郡山は東北の入り口のような街だった。
列島を北上すると白川・郡山あたりから関東ではない雰囲気を感じる・・・。
それにルート4と49が交差するので福島県の物流の拠点。

俺にとっては街の印象はそんなものだが・・・人の思い出が今でも強く残っている。
関係者は3人だがそれぞれが個性的な商売をされ・・・生き方の素晴らしさも俺に教えてくれた。
その人たちとの音信は今はないが・・・どうしているかと今でも思い出す。

須加川から白川で福島の旅は終わるが・・・
白川には幕末期に多くの長州人(山口)が戦をするために入り込んだ過去がある・・・
俺の町に「白川音頭」の盆踊りが今でも継承されているがある兵士がその時代に持ち帰ったもの。
ふるさとを遠く離れた戦の日々・・・
過酷な境遇と敵味方を越えた人の気持が今でも山口県の田舎町に伝わる。

白川で3泊4日の月に一度の旅は終わるが・・・
はじまりが春で終わりが冬のような紀行文を今になって書かざる状況を意味するものは大きい。
思い出を語ることが希望につながるとは思えないが・・・?
それでも最後は人で結んだ。

話は飛ぶが「マーラーの復活」もそんな気がする。

PS
約30年前の出来事を俺の記憶だけで手繰り寄せるように再生しました・・・・
もしも誤りがあったらごめんなさい。
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by hama-no-koya | 2011-06-08 18:16 | Comments(0)
2011年 06月 06日

福島の旅?

山を越えて阿武隈川を渡り福島の街に出る。
福島市は一見都会のように見えるが街中の川に冬になると白鳥が飛来し・・
郊外には春になると桃の花が一面に咲き・・・・飯坂温泉まである。
県の中央部に県庁がある・・・島根県とは大違い。

その後の旅は会津に向かうが裏磐梯を経由して山や湖を楽しみながら移動していた。
多くのスキー場が閉鎖する5月頃は良い雪渓が見つかれば・・・
休日に裏磐梯の山まで仲間とポールを担いでスキーの練習に出直していた。

今の福島とちがって・・・会津磐梯山は当に宝の山で笹に黄金がなり下がっていた。
秋には五色沼や紅葉があり大きな青空もあり・・・自然が仕事を忘れさせてくれる・・・・
冬の猪苗代湖には白鳥の大群れが美しさを通り過ぎてうるさいくらい鳴いていた。
長い坂道を下ると会津の街に入る。

城下町らしく道が複雑な面もあるが戊辰戦争の歴史の風をどことなく感じる・・
俺は長州人なので地元民から見れば敵方かもしれないがそれを感じることもなかった。
東山温泉にある老舗高級旅館に泊まったことがある・・・縁の下に小川が流れていた。
いつもはチックインの時間が遅いのでビジネスホテルが定番だがたまの贅沢は良薬にも・・・・

坂下町から喜多方に入るが蔵とラーメンの町は30年前頃もそこらにあった。
坂下町は桐材の産地だったがその頃から婚礼タンスの需要減と外国材に圧されていた。
街の印象やチャッチコピーはポテンシャルティや歴史と新たに創生の両方がある・・・
昔話になるが喜多方の印象は○○電工の公害色が優先していた。

そして車は夜走りで郡山に向かう・・・。
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by hama-no-koya | 2011-06-06 17:12 | Comments(0)