人気ブログランキング |

浜の小屋

hamanokoya.exblog.jp
ブログトップ

<   2012年 06月 ( 16 )   > この月の画像一覧


2012年 06月 30日

津屋崎ブランチ



津屋崎ブランチ_d0159062_17583100.jpg



                          今回の旅は、福岡市の近くにある津屋崎。 
                      旅仲間の女子がおしえてくれた、あたたかい海辺のまち。
                        ボサノバをききながら、午後の紅茶を飲む時間。
                               飾らないまち並みの美しさ。


                           まち歩きのはじまりは、古い染物屋さん。
                              古民家がそのままギャラリー。
                    古くて力強い建物の中に、柔らかい鮮やかな布がさりげなく広がる。
                              展示物でなく完璧なアートの空間。
                        一つ一つの作品より、オーケストラの演奏に聴こえる。
                              指揮者は、もちろん地元の住民。


津屋崎ブランチ_d0159062_18242298.jpg


                                   あたたかいまちに・・・
                             あたたかい人たちが暮らす津屋崎のまち。

by hama-no-koya | 2012-06-30 17:58 | Comments(0)
2012年 06月 28日

御山神社

御山神社は、漁村から棚田道を上った山の中にある。
シイやタブの照葉樹がうっそうと茂る、鎮守の森。
入り口の鳥居から見る。シンメトリーで美しく、直と曲の組み合わせもきれい。
偶然か意図的かわからない。素晴らしいSANAA的な里山空間を描く。
漁師が勝手に、田舎の物造りを想像する。

田舎で暮らす人が減った。
普段の昼間、御山神社にお参りをする人は滅多にいない。
さみしいかも知れないが時代のながれ。

人気のない静まりかえった境内は、真面目なものを感じる。何かわからないが・・。
説明ができないので、その空間を照明器具にたとえる。
街の大きな神社は、古くても人が歩き立派でLEDのような明るさを感じる。
漁村の神社は、白熱の電球のような色あかり。
こころをこめて、かしわ手を打つと神に伝わる音がする。
昔からある、静かな村の氏神様。


御山神社_d0159062_22114083.jpg


境内で目に付くのがナギの木。
熊野・速玉神社や、高知・安芸市の道路にあるナギの木ほど有名ではない。
無名だが地元にとっては、言わずと知れた御神木。
木は小さいが、かなりの実生木が点在する。

ナギの葉は、北条政子と源頼朝が駈け落ちした時にお守りにしたといわれる。
葉脈が葉と平行に走るので引っ張ってもちぎれにくい。
漁村では別名を「力しば」とも言う。
葉の真ん中に主葉脈が無いので、中を分けない恋人たちの葉っぱ。
そんな昔からの言い伝えがある。

恋人たちの参りを田舎では見たことがない。
ひっそりと神社はそこにあり、いつか訪れる誰かを迎える。
縁結びは相手がいないとできない。しかし願えば叶う神頼みもある。
合コンもできない田舎ぐらし。


御山神社_d0159062_22293027.jpg


恋愛での地域起しは難しい。
春先に企画した、福岡発漁村行きの「恋バス・つあー」。
24人の若い参加者がいた。その後は知らない。
好感度の女性がかなり多かった。俺には添乗員の立場がある。
出会いはあっても、一歩の踏み込みがない旅人?

本音は、漁村に恋してほしい。
理想の恋人は、好きになった人が理想の恋人。



               ~後書き~
☆「恋バス・つあー」詳しくは、「地旅シリーズ」(2012・3・18~)で・・

by hama-no-koya | 2012-06-28 22:11 | Comments(0)
2012年 06月 26日

コブダイ

大敷網は、色いろな魚が獲れる。
変わりものや、珍しい形をした魚が海にはたくさんいるから。
珍魚は、獲ろうとしても獲れない。

コブダイはたまに獲れるが、今回のやつは見ごたえのある魚。
体長は1mくらいで、重さ10kgぐらいあった。
これほど立派なコブが付いたコブタイは今時珍しい。

過去のコブダイは、そんなに珍しい魚ではなかった。
近頃は、魚の絶対数が減ってきたので、コブダイも少なくなった。
アジ・サバのように群れで泳ぐ魚は、水揚げ量が半分になっても、魚体数は無数にいる。
年に10匹しか獲れない魚の半分は5匹。1匹しか獲れない魚は2年に1匹・・・。
魚は、育つ年や豊漁の年周期がある。それも当てにならなくなった。
食物連鎖や地球環境の微妙な変化が影響しているから?。
それとも人による乱獲?。

回遊魚は移動できるが、住みついた根魚は、獲れば次が育つまで時間がかかる。
安い、食べないマイナーな魚は、絶滅危惧種や救えと世論で騒がないない。
漁師から相手にされないで、捨てられるさみしい魚もいる。
大昔から進化する魚もいれば、退化する魚もいる。
漁師らしくない言葉かも知れないが、俺は漁師だから魚を獲る。
昔からそうしてきた。人が漁村で生きるために。


コブダイ_d0159062_1492720.jpg


コブダイのコブは何なのか知りたい?。
コブの中身を本気で見たことがない。市場に出すから。
記憶では、シリコンかゼラチン状のものが詰まる。
コブは、女性の乳房と同じような柔らかいなんとも言えない感触がする。
外見からは想像がつかない。

ベラやブダイと同じような柔らかい白身の魚。
以前、小型魚を煮つけで食べたが珍味でなく特別美味しくもなかった。
刺し身でも鍋でもいけると、先輩の漁師が言っていた。

コブダイを市場に出したが、値は聞いていない。
浜では、そこらの魚と変わりないから。

by hama-no-koya | 2012-06-26 14:09 | Comments(0)
2012年 06月 24日

紫陽花

漢字で書いた「紫陽花」が見たくて探した。
道路端に咲く花は「アジサイ」で、庭に咲く花は「あじさい」だから。
防府市の「阿弥陀寺」に、紫陽花が咲いていた。

山を背に、大きな茅葺の山門がある。
対の大きな、怖い顔をした仁王様が参拝人を迎える。
大人は、仁王様が威厳や文化財に見える。子供には怖いとしか思えない。
茅葺の門に立つ怖い仁王が、昔から寺を守ってきた。
風格の山門が、郷土の歴史を無言で語る。

山門をぬけると、石畳の坂道に紫陽花がひっそりと咲いていた。
飾り気はないが、どこかに鮮やかさを感じる。
会いたかった紫陽花。

昔から野に咲く、花数の少ない紫陽花。周りは新緑の淡いもみじの枝葉。
茅葺屋根と、人が歩いて減った石畳。控えめな彩の紫陽花。
質素でありながら、和風の美をまとめる。

紫陽花の記憶は、デジタルカメラでなく、フィルムのカメラで残したい。
山門と紫陽花の空気感をそのまま包みたいから。
生意気が言いたくなるほど絵にしたい、ここだけの風景を。
昨日を忘れ、今を歩きたい静かな寺道。


紫陽花_d0159062_17414374.jpg


音楽で表現する「いちむじん」の「紫陽花」。
ギターのデュオだが、本気で聴くと色いろな情景の紫陽花が浮かぶ。
美しいメロディーが淡々とながれ、素直に人が癒される演奏。
こころの風景と感情が自然に移入する。

紫陽花は梅雨に咲く花。
雨に打たれて色がまし、日にあたると色があせる。
紫陽花は、大人の恋物語。


       ~あと書き~
週末のブログは、疲れを癒す内容にしたい。
その中に季節感も入れたい。
(この前編は、2011・10・25の「防府の思い出」)

by hama-no-koya | 2012-06-24 17:41 | Comments(0)
2012年 06月 23日

夏至の夕陽


夏が来ると暦が知らせる。
梅雨の晴れ日。いつもの海に沈む夕陽。
昼間がちばん長い日。なにもない漁村の夕暮れ。

海辺なのに、「田園」の曲が聴こえる。
さみしいけれど、優しくなれる。


夏至の夕陽_d0159062_557094.jpg


いつもの年なら、今頃小アジが獲れる。今年はわずかしか獲れない。
漁期が遅れているのか、このままで終わるのかわからない。
昔なら、悔しいけれど「こんな年もある」。

今年は、対馬海流の本流が沖合いを流れている。
海の資源が沖を移動するので、岸に近い大敷網漁は不利になる。
海水温や海流の状況がわかる便利な時代。
海洋環境の情報分析で、漁の期待とあきらめをする漁師。

大敷網漁は、毎年同じ場所に網を仕掛けて回遊する魚を待つ。
カツオの一本釣り漁や巻き網漁は、魚の集まる場所に移動して漁をする。
漁法は、獲物を待つと追いかけるで大きく違う。
大敷網は、獣道に掘った落とし穴のような地道な漁法。
古くから浦々で改良され今日に伝わる。

夏至の夕陽は、定置網と重なる海の先に沈む。
夏至は、北欧では祭りごと。
日本は、静な夕暮れでその日が終わる。

by hama-no-koya | 2012-06-23 05:57 | Comments(0)
2012年 06月 20日

銀杏の木

漁村の神社に、大きな銀杏の木がある。
樹齢は勝手な想像で200年くらい。
春は和らげる若葉。秋はまぶしい鮮やかな黄色。でんとして目立つ存在。
それでも抜け駆けないで、里山の空間に溶け込み調和する。
風格の銀杏は貫禄の御神木で、相撲の横綱のようにしめ縄が付く。

木の枝をよく見ると、おんなの乳頭に似たものが下がる。
聞いた話。銀杏の木は、昔からオッパイの神様が宿るといわれる。
飛んだ話。東京の有名な銀杏並木にも、形のいい街の乳頭が付いていた。
銀杏の乳頭は、生命の誕生を感じる。
洞察すれば、見なれた銀杏の木がおもしろい。

むかし昔、飢饉で村人の食べる物が少なくなった。
赤ちゃんに飲ませる、お乳が出ない。
他からの支援が無い時代。村のみんなが心配した。
お母さんは神社の銀杏の木にすがり、お乳が出るようにお願いした。
願いは叶い、赤ちゃんが健やかに育った村。

食料は多分にあるが、若いお母さんが少ない今日の漁村。
豊かと思える日々。その暮らしの中で生きる村人。
人の暮らしを、時代を超えて見つめてきた大きな銀杏の木。


銀杏の木_d0159062_1444796.jpg


神社の大きな銀杏の木。忘れかけていた絵の無い昔の話。
力を感じる古い大きな銀杏の木。
残念なことに、この昔話を語ることはない。
聞いてくれる人がいないから。

今いちばん有名で大きくて高い木は、東京の業平にある。
大樹の影で、業平の駅名が消えた・・・。

by hama-no-koya | 2012-06-20 14:24 | Comments(0)
2012年 06月 17日

近くて遠い旅 (後書き)

日帰りができる旅を泊まる必要もないが・・・
泊まってみると、見慣れた街を旅人の目線で観ることができる。
意外なものが見えたり、新たな存在も感じる。

島根県津和野町は、漁村から車で一時間もあれば行けるところ。
津和野には、太鼓谷稲荷神社がある。
昔から漁師の信仰は篤く、仲間連れで毎年数回はお参りしている。
自家用車が無い時代には、汽車で行っていた。
山陰本線を益田で山口線に乗り換えて津和野まで、片道三時間の旅だった。

神社で大漁と安全の祈願祭が終わると、直会を楽しみ「よしのや」で酒を飲んだ。
その年の漁によって違うが景気の良い宴席には、お酌の女性も多かった。
楽しい思い出として、今も賑やかな津和野が鮮明に残る。
古くから我が国に伝わる、信仰と観光を結びつけた日本発のツーリズムだろう。

そんな時代を受け入れた、ボランティア・ガイドの話。
あの頃は泊り客も多かった。道路が整備されてから津和野に泊まる人が減った。
観光の収入に頼る津和野町。街が一時期さみしくなった。
何が良くて人が来ていたのか・・・。「観光で生きるしかない!」と住民が気づく。
山里の小さな町。これといった産業も無いから。

子供から大人まで、元気な町にしょうとみんなが動く。笑顔の挨拶もその一つ。
街にゴミが落ちていない。人が捨てないことと、人が拾うから。
こんなきれいな街は、知る限り他に無い。
観光地なのに、人の暮らしや温もりを感じる美しいまちかど。

年配のボランテア・ガイドが曰く。
今の私にできること、「あいさつと、ゴミを拾うことと、ガイド」ぐらい。
津和野の町が好きだから・・・。


近くて遠い旅 (後書き)_d0159062_1849349.jpg


今回の旅は、誰かに話したくて一気に書き上げた。
そばにある大切なものを忘れていた旅人が。

by hama-no-koya | 2012-06-17 18:49 | Comments(0)
2012年 06月 16日

近くて遠い旅 (旅食)

旅の楽しみの一つに食事がある。
津和野は、山陰の小京都と言われる。本来なら和食だろが・・。
和の街のランチは、旅のながれと感でイタリアンにした。

そこは、造り酒屋の蔵がお店になっていた。
「アルチジャーノ」は小さい店。広さと雰囲気が津和野らしくて丁度いい。
さりげない音楽がながれる。それも気がつかない美味しさ。
パスタのコースに赤のグラス・ワイン。食べたくて飲みたい旅のランチ。

前菜の料理とワイン。旅の景色と同じ色彩で食がすすむ。
メインのパスタ。津和野風にアレンジされ、淡い季節の味がする。
グラス・ワインもベスト・チョイス。気分が良くて思わず赤白の両方を飲んだ。
店を出る旅人を、さりげなく見送る気さくなオーナー・シェフ。

暗くなってもう一度来たいと思った。できたら誰かと二人で。
照明で、夜の白壁に菖蒲の花がさえる。夜風がやさしい粋な帰り道。
昼間と景色が変わる静かな殿町通り。


津和野が知りたくて町役場を訪ねた。
津和野らしい古い建物のタウン・オフィス。
日本の役所らしくない、ヨーロッパ的な建造物への思考がいい。
住民は、歴史の家に婚姻や出生の未来を届ける幸せな人。
古い窓ガラスの一枚一枚に故郷が映る。

近くて遠い旅 (旅食)_d0159062_15253480.jpg


旅の食は、当たり外れがある。
事前の情報を当てにすることなく、自分の足で探す。
それは旅の経験と感が決め手。
予期せぬ満足に、幸せを感じる津和野のランチだった。


(店の撮影は場を見て遠慮する・定休日は月曜日)

by hama-no-koya | 2012-06-16 15:25 | Comments(0)
2012年 06月 15日

近くて遠い旅 (鯉の米屋)


津和野の街並みは、歩くだけでも楽しい。
昔ながらの商店もあれば、新しいカフェもある。
商店街の統一感はないが、一歩踏み込むと個性的でおもしろい。
気取らない、構えない、気さくな人と店が並ぶまち。

お気に入りの一つが、まちのなんでもない「鯉の米屋」さん。
帰るときには、屋根の瓦が赤い鯉に見える不思議な店。
旅人は、この家が好きになり片想いにふける。


近くて遠い旅 (鯉の米屋)_d0159062_14268100.jpg



通りを歩いていると、店のお兄さんが気軽に挨拶をした。
釣られて店に入る なにも買う気が無い人への接客が自然でやわらかい。
棚に置いてある食品 「鯉の餌・100円」が目についた。
菖蒲が咲く鯉の掘割まで離れているので、売れないはずの鯉の餌がおいてある・・・。
何か不思議な予感がした 間の流れで鯉の餌を買う。

こちらへと案内された店の裏庭。
何代も栄えた津和野の米屋 立派な庭に池があり鯉が群れて泳ぐ店裏。
外からは想像がつかない 第三幕のオペラ空間がある。
鯉の餌は、この幕を開けるため・・・納得。

その昔、庭の奥にある米蔵を火事から防ぐために掘られた商家の池。
池の橋は、俵を運ぶために造られた庭道。
100円の鯉餌さのおかげで、津和野の話をいっぱい聞くことができた。
観光で生きる町の米屋 存在は小さいが疲れた旅人には大きい。
旅先での見聞は、そこに行くからできること。


近くて遠い旅 (鯉の米屋)_d0159062_14443538.jpg


津和野の印象は、通りのあいさつ。
知り人であろうが、他人であろうが明るいあいさつをする。
それだけでも、旅人の気持ちがなごむ。

by hama-no-koya | 2012-06-15 14:26 | Comments(0)
2012年 06月 14日

近くて遠い旅 (永明寺)

旅の順路は道なりで決まる。
津和野は小さい街。順路は物語を書くように気持ちを優先。
旅人の多くは、コーディネイターが描いた旅を時間と共に移動する。
見た目より、内から感じる空間が多い津和野の旅。

永明寺(ようめいじ)は、駅裏の山手にある。
境内に森鷗外の墓があることで訪れる人もいるが、実像は一見の価値あり。
坂道を登ると、広場の奥に大きな山門がある。
閑静な庭の奥に地味に構える、古い大きな茅葺の本堂。
旅人の気持ちが洗われ、すんなり時空が超える。
音のしない落ち着いた古い寺。


近くて遠い旅 (永明寺)_d0159062_1817658.jpg



この寺でも、意外なものを見つけた。
古池の草むらに、白い大きな不思議な泡の固りがある。
棲み着いた、モリアオガエルのタマゴだろう。
池の上に小枝がない。だから地べたに産みつけた。

ゆっくり歩いていると、色いろなものが見えてくる。
昔からある津和野の細道。
人目や時を気にしない、感性豊かな一人旅。

近くて遠い旅 (永明寺)_d0159062_1958132.jpg


永明寺の無駄のない、誰もいない風景。
結城に塩瀬の素描の帯・・・。おとなの「女ひとり」が重なる。
過ぎてきた唄が聞こえる、近くて遠い旅。

なにもないやすらぎの時がこころを充たす。

by hama-no-koya | 2012-06-14 21:41 | Comments(0)